「ニュータイプ」「スニーカー文庫」……現在のKADOKAWAの礎を作った元副社長・井上伸一郎が語るおたくな仕事と人生

KADOKAWA元副社長が語るおたくな仕事と人生

「スニーカー文庫」の興り そしてメディアミックスの帝王KADOKAWAの誕生へ

 回顧録では、井上がライトノベル・レーベルの立ち上がりに関わったことにも触れられている。富野の小説を角川文庫に移したいという話が持ち込まれ、角川歴彦に伝えたところイラストを入れて口絵も充実させたものにしょうと言われた。これが後のスニーカー文庫となり、そこから谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』が生まれ、アニメ化されて空前のヒットをもたらしKADOKAWAのアニメ事業を盤石にする。

 それより少し前、アニメ事業が停滞していた時に『ゲートキーパーズ』をDVDの製造化権を持つ形で作って利益を出し、賀東招二のライトノベルを原作にした『フルメタル・パニック!』をヒットさせて『ハルヒ』へと繋げた。吉崎観音の『ケロロ軍曹』をキッズ向けにアニメ化してマニア向けだったアニメ分野を広げた。劇場アニメがスタジオジブリ作品以外は大ヒットしていなかった状況で、「細田守監督をどうしても塁に出したかった」と『時をかける少女』(2006年)で公開館を絞り、満席を続出させて作品に目を向けさせ、ロングランに繋げた。

 後の細田作品では、小説版を監督に書いてもらい刊行するようにした。これが新海監督の『小説版 君の名は。』刊行へと繋がり空前のヒットへと導いた。出版・映像・ゲーム・ネットといった多彩なメディアの力を使えるKADOKAWAならではの成功パターンが伺える。

 タイトルに『メディアミックスの悪魔』とあるように、メディアミックスに関する井上の持論も回顧録では繰り広げられている。漫画が起点ならシリーズ化して巻数を増やし、映像化しゲームや舞台、グッズといったものに展開して収益構造を3次元のキューブにした。後に「時間」という概念を持ち込み、作品のロングライフ化を図り映像なら配信、出版なら電子書籍を展開した。サブスクリプション・モデルが進んだ今は、視聴時間を稼ぐために作品のロングライフ化に取り組んでいる。こうした指摘から経営者なら事業にどう取り込むかを考え、クリエイターならどこに活路を見いだせるかを探ることができるだろう。

表現規制・AI普及の問題に直面するおたく文化に未来は

 講談社の「青い鳥文庫」が一人勝ちだった児童書に参入し、ライトノベルのノウハウを活かした「角川つばさ文庫」を創刊して大成功に導いたこと、滝本竜彦の『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』を読んで「生々しい青春の匂いを書ける作家だと感じ」、一般文芸とライトノベルの間を狙ってカバーイラストを安倍吉俊に依頼して、後にイラストが表紙となった文芸書が増えるきっかけを作ったことなど、出版の転機をいろいろと作り出した話も興味深い。

 それ以上に、回顧録でプロローグとして語られる、「東京国際アニメフェア」からの撤退と「アニメ コンテンツ エキスポ」の立ち上げに関連する動きは、表現規制に強く反対して“おたく文化”を守ろうとした井上の強い意思を感じられるものだ。誰のために企業はあるのかを強く感じさせられると同時に、止まない表現規制の動きやAIの普及といった問題に直面しているおたく文化の未来を考える上で、2011年の“闘争”を改めて振り返る機会を与えてくれる。関心を抱いている人は必読だ。

 『ファイブスター物語』の永野護との40年以上に及ぶ交流も読みどころのひとつ。「東京国際アニメフェア」からの撤退でも真っ先に相談したのが永野だった。井上には『マモルマニア』という永野と井上の交流を軸に“おたく文化史”を振り返った著作もある。今こそ復刊を期待したくなる。

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