人気漫画『よつばと!』作者・あずまきよひこが20年以上紡いできた「普通」という「奇跡」

あずまきよひこによる、国内累計発行部数1500万部(海外350万部)の大ヒットコミック『よつばと!』。その4年ぶりの新刊となる第16巻が、先ごろKADOKAWAより刊行された。
20年以上かけて描かれる「半年間」
『よつばと!』は、2003年、「月刊コミック電撃大王」にて連載開始。好奇心旺盛な元気少女「よつば」と、「とーちゃん」こと小岩井葉介の日常が、温かい笑いを交えて綴(つづ)られていく。
なお、現時点で連載開始から20年以上経っているため(また、物語の進み具合もどちらかといえばゆっくりなため)、ふと忘れそうになるのだが、実はこの作品、ストーリーのうえでは第1話の段階からまだ半年ほどしか経過していない(具体的にいえば、夏に始まった物語は、ようやくクリスマス前に差し掛かったところだ)。むろん、このスローペースにはそれなりに意味があるのだろう。
つまり、あずまきよひこがこれまで単行本にして16巻分ものページ数を(あるいは、20年以上もの月日を)費やして丁寧に描いてきたものは、前巻(第15巻)のオビのキャッチコピー(アオリ)にもあるように、「普通という奇跡」の積み重ねにほかならない。
そう、とーちゃんをはじめとする大人たちにとってはなんでもない「普通」の出来事の数々が、5歳のよつばにとっては初めて目にする「奇跡」であると同時に、大きな「発見」なのだ。そしてその「普通」の出来事にことごとく感動するよつばの姿を見て、大人たちもまた、かつて自分が子供だった頃のことを思い出し、心を揺さぶられるのだ。
第1巻のラスト――土砂降りの雨に打たれながらはしゃぐよつばを見つめながら、とーちゃんはいう。「あいつは何でも楽しめるからな。よつばは、無敵だ」
終わってほしくない大切な日々
そういう意味では、『よつばと!』という作品は、少年漫画でも少女漫画でもなく、大人向けの青年漫画なのだといっていいだろう。
もちろん物語の表面上の主人公はよつばである。しかし、作品世界全体を俯瞰する視点(主観)は、彼女のものではなく、明らかに彼女を見つめるとーちゃんのそれなのだ(とーちゃんが不在の場面では、他の大人の視点が導入される)。
ここでいささか極論めいたことをいわせていただければ、大人――より厳密にいえば、「親」というものは、幼い子供と過ごす愛しい時間が永遠に続いてほしいと願っているものである。『よつばと!』という作品では、そんな終わってほしくない“大切な日々”の断片が繰り返し描写されており、その「普通」で「奇跡」的な日常がいつまでも続くかのように読者たち(とーちゃんの視点はそのまま読者の視点と繋がっている)に錯覚させるには、やはり単行本にして16巻分のページ数が必要だった、ということなのではあるまいか。
ただし、あずまきよひこは、そんな「日々」が永遠に続くことはない、ということもきちんと描こうとしている。
※以下、『よつばと!』第15巻および第16巻のネタバレあり。未読の方はご注意ください。
実際に物語に変化が起きるのは、第15巻からだ。そこから止まっていたはずの時計の針が静かに動き出す。
同巻では、「よつばとランドセル」(第104話)という、とーちゃんが、来年から小学1年生になるよつばのためにランドセルを買いに行くエピソードが収録されているのだが、その回では、明らかによつばととーちゃんの「成長」(あるいは2人の関係の変化)が描かれている。
お気に入りのランドセルを背負ったよつばを見て、とーちゃんはやや寂しげな笑みを浮かべながら、「お姉さんみたいだ」という。そして、よちよち歩きだった頃のよつばの姿を思い出す。それは、かつて自分が父親であるということを自覚したときの思い出でもあり(詳細は不明だが、「外国でひろわれた」というよつばととーちゃんの間に血の繋がりはない)、このあたりから、物語の雰囲気は徐々に変わっていく。