〈押井守〉原作コミック『犬狼伝説』復刊 藤原カムイの画力により色褪せない“作画“と物語の“鮮度”

押井守『犬狼伝説』の魅力は?

 この『ケルベロス・サーガ』の最大の魅力というか、シリーズ全体の顔と言える存在は、やはりプロテクトギアだろう。出渕裕によってデザインされ、『紅い眼鏡』の撮影時には実際に人が着用できるものが製作された装甲服である。正式には92式特殊強化装甲服という名称が設定されており、ドイツ軍のシュタールヘルムに顔面を覆うマスク、そしてふたつの赤い目玉が取り付けられた暗視装置で構成された頭部のデザインには圧倒的なインパクトがあった。押井守本人の思惑はともかく、外野からすればこのプロテクトギアのデザインが圧倒的に禍々しくかっこよかったことが、シリーズがここまで続いた要因ではないかと思う。

 そして「軍事警察組織内の暗闘」「時代に合わなくなった犬のような男たちの戦い」という、軍隊組織などの組織図や編成図が大好きなタイプのマニアがヨダレを垂らして喜ぶようなテーマを主題としている点も、このシリーズの大きな魅力だ。武闘派の組織という存在自体が時代の変化についていけなくなりつつある特機隊。自治体警察との合流を果たし「犬の血統」を残さんとする首都警公安部。そして時代と組織の狭間で暗闘を繰り広げる、忠実に命令を実行する犬のようにしか生きられなかった男たち……。ドロドロとした政治的駆け引きと男たちの情念の濃厚さは、(シリーズの原点となった『紅い眼鏡』ではちょっと毛色が違うものの)ケルベロス・サーガ全体の大きな魅力である。

 ケルベロス・サーガの魅力をさらに書けば、押井守という現代の映像作家の中でも突出して理屈を捏ね回すのがうまい人物が、捏ねに捏ねまくった妄想の世界を眺め回すことができる、という点もある。『紅い眼鏡』はケルベロス唯一の生き残りである都々目紅一の物語であると同時に、それ以前から押井守が妄想していた要素の詰め合わせのような映画でもある。そこには立喰師の姿もあり、『御先祖様万々歳!』にも同名の人物として登場した室戸文明も登場する。犬や立喰といった、押井守が長年妄想してきた要素が詰め込まれた実験場が、ケルベロス・サーガの世界なのである。

藤原カムイの圧倒的画力

 そんなシリーズのコミック版である『犬狼伝説』には、他のシリーズ作品にはないアドバンテージがある。まず他の作品に比べると、予算面での制約がほとんどない。実写映画で架空の昭和三十年代のセットを作ったら大変なことになると思うが、コミックなので背景も登場人物の服装も自由。用意するのが大変なプロテクトギアを着用した特機隊員も、描けるだけ登場させることができる。

 そんな条件も作画がまずければアドバンテージたり得ないが、本作の場合、絵を描いているのは死ぬほど絵が上手い藤原カムイである。シャープでリアルな描線は今見ても全く古びておらず、とても40年近く昔のコミックには見えない。実在する昭和の風景と異形の特殊部隊である特機隊を見事に共存させており、間に10年以上の中断を挟みつつもこの作品が特機隊の武装蜂起というクライマックスまでを走り切ったのは、ファンにとっては幸運なことだったと思う。

押井守の妄想を鮮烈に表現した傑作

 つまりコミック『犬狼伝説』は、藤原カムイという唯一無二の漫画家の手によって、予算的・時間的制約なしに押井守という作家の妄想を鮮烈に表現した作品である、と言えるはずだ。長きに渡ったケルベロス・サーガへの入門として最適な作品であり、正直に書けばおそらくサーガの中で一番バランスが取れて面白い作品でもある。さらに、3月に発売される『改』では、藤原カムイが描いた『紅い眼鏡』のコミカライズ版も収録されるという。先行して『漫画アクション』に掲載されたものを自分も読んだが、白黒の画面を見事に絵に落とし込みつつ、不条理な映画の内容を見事にコミカライズしていた。『紅い眼鏡』と『犬狼伝説』の両方を一冊で読めるわけで、まさにケルベロス・サーガにエントリーするのにうってつけである。

 ケルベロス・サーガ自体が40年近く前に始まった物語であり、『犬狼伝説』の完結自体が25年前と、すでに長い時間が経過したコンテンツでもある。だが、積み上げられた偽史と押井守の妄想のパワー、そしてプロテクトギアの禍々しいかっこよさは今もって錆びついていない。そこそこ値段の張る本ではあるが、これから呪われし三頭犬の物語に触れるという幸運な読者にも、ぜひおすすめしたい一冊である。

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