氷室冴子『銀の海 金の大地』なぜ時代を超えて読み継がれる? 小説家・佐原ひかり × 書評家・嵯峨景子が“銀金愛”を語り合う

 コバルト文庫の看板作家として時代を築いた氷室冴子による古代ファンタジーの超大作『銀の海 金の大地』が、30年以上の時を経て集英社オレンジ文庫から復刊。1月20日に待望の1巻が発売され、長年のファンによる歓喜の声や、新たな読者の感想などが続々とSNSに投稿されている。

 そんな中、2月7日にジュンク堂書店 池袋本店にて、小説家の佐原ひかりと書評家の嵯峨景子が復刊を記念したトークショーを開催。本作に深い思い入れを抱く二人が、“銀金愛”を熱く語り合った。

左、嵯峨景子。右、佐原ひかり。

 第2回氷室冴子青春文学賞を受賞して小説家デビューに至った佐原は、本作の初版が発行された年と同じ1992年生まれ。10代のころ図書館で初めての出会いを果たし、さらに20代で会社の先輩による熱烈な布教を受けたのだと語る。

「当時40代の先輩に、コバルト文庫や少女小説が好きだと話したら、翌日『佐原、お前はこれを読め』って銀金全巻が入った紙袋を渡されたんです(笑)。『氷室さんは私の神様で、銀金は神様の書いた聖書。あなたの年で氷室さんを読んでいる人は少ないから、引き継ぐという意味でも読んでほしい』と言われました」(佐原)

 一方、氷室作品をはじめとする少女小説を多く研究する嵯峨は、リアルタイムで愛読してきた1979年生まれ。荻原規子の『空色勾玉』、美内すずえの『アマテラス』など古代作品がマイブームだった中学生時代に本作に出会い魅了され、文庫の発売を待ちきれず隔月刊小説誌『Cobalt』を買い始めるほどに。また、コバルト文庫の魅力に気づいたきっかけも本作だったという。

「当時の読者共同体というのでしょうか。まだインターネットがない時代、全国にいる物語が好きな女の子たちの息吹が感じられた雑誌でした。90年代はファンタジー全盛期で色々な物語が載っていて、それに触れられたこともすごく良かったです」(嵯峨)

 作品の舞台は、古代日本。複雑な生い立ちを抱える主人公の真秀が、たった14歳の少女でありながら、耳も目も不自由な兄、病で寝たきりの母親を守りながら、様々な困難に立ち向かっていくというファンタジー小説だ。

 本作の魅力について、「どの角度から語ればいいのか……」と迷いつつも、佐原は「キャラクターの生命力の強さ」を挙げる。

「真秀は、血まみれになりながらも、自分の大事なことのために生にしがみつく。悪意のある支配や暴力にきちんと抗っていくぞという姿勢を持っている。ちょっと今生きる力が足りないなというときに銀金を読むと、内側から輝ける気がするんです」(佐原)

 古代の暮らしぶりや情景を鮮やかにイメージさせる、氷室冴子の圧倒的な筆力も大きな魅力の一つだ。

「私、銀金の自然の描写がすごく好きなんです。たとえば全編にわたって炎のシーンが多く出てきますが、全部違う炎の書き方をしているんですよね。言葉の読み物としても、読んでいてすごく気持ちがいいと思います」(佐原)

「物語序盤の1巻には、古代世界へ読者を誘うために色々なことが描かれていますよね。たとえば、汚い恰好だった真秀が着飾って男たちを魅了する場面は王道の変身シーンですが、ディティールが古代風。玉石を敷き詰めたお風呂に入ったり、椿油で髪の艶を出したりと、細やかなリアリティが感じられます」(嵯峨)

 なんとも胸のときめく変身シーンだが、このあと真秀を待っているのは過酷すぎるほどの暴力世界。少女小説のスタンダードから外れたストーリー展開も、本作の特徴である。他の氷室作品と比較しても、この“手加減のなさ”は際立つという。

「氷室作品からイメージするコミカルな部分は、銀金では抑えられています。真秀の口の悪さが痛快で面白い部分もありますが、他の作品に比べて全体的にがむしゃら感が強い。“手加減なし”という銀金のキャッチコピーも、『しんどいけど頑張って読みなさい』という読者へのメッセージのような気がします」(佐原)

「氷室さんは時代によって文体が違うので、ヒット作のイメージが強い人たちにこそ銀金を読んでシリアスな世界に浸ってほしい。詳しくは言いませんが、少女小説のラインを超えた描写もあります。もう少しマイルドにする方法もあっただろうし、もしかすると、これまでの氷室さんならそうしたかもしれません。執筆ペースの速い方ではない氷室さんが、これだけの密度の物語を短期間で書いたということは、ご自身も力を入れていたのではないでしょうか」(嵯峨)

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