杉江松恋×千街晶之×若林踏、2024年度 国内ミステリーベスト10選定会議 『地雷グリコ』や『了巷説百物語』は何位に?
![2024年度 国内ミステリーベスト10選定会議](/wp-content/uploads/2025/02/20250210-mistery-01.jpg)
『地雷グリコ』や『了巷説百物語』などの話題作は何位に?
千街:エンターテインメントという観点で言うと、2024年の話題の中心になった『地雷グリコ』と『了巷説百物語』はどちらを上位にすべきでしょうね。
若林:強いて言うなら、『了巷説百物語』はシリーズの完結篇ということもあり、前作を読んだほうがいいと思うので、『地雷グリコ』を優先すべきかと思います。
杉江:私は、ありとあらゆるシリーズは順番にこだわらず単発で読んでしかるべきと考える人間なんですが、『了巷説百物語』については仕方ない。この2作では『地雷グリコ』を上位にしますか。次の観点なんですが、『伯爵と三つの棺』以外の作品は、実は連作短篇集なんですね。今言った2作以外では、『ミステリ・トランスミッター』は〈伝える〉というテーマが共通、『彼女が探偵でなければ』は同一主人公の連作です。
千街:逸木裕さんも斜線堂有紀さんも短篇作家としてすごいレベルに到達していて、その2作に上下をつけるとなると正直迷います。しかし逸木さんは、シリーズ前作の『五つの季節に探偵は』よりも『彼女が探偵でなければ』でさらにすごい地点に行ったということで、こちらをより評価したいと思います。
若林:『彼女が探偵でなければ』には細かい技巧が詰め込まれています。たとえば、連作のうち「太陽は引き裂かれて」では主人公の森田みどりではなく、彼女の後輩が視点人物に登用されている。そのことが大きな効果を上げているんですね。
杉江:なるほど。では『彼女が探偵でなければ』『ミステリ・トランスミッター』という並びは固定しましょう。さっきも言ったように唯一の純粋な長篇は『伯爵と三つの棺』です。長篇1,連作短篇集4から1年を代表する作品を選ぶということになりますね。
若林:これは難しいですよ。
杉江:今、2作ずつの並びでそれぞれ上下を決めたじゃないですか。とりあえずどちらかを5位にしませんか。
若林:それなら、『了巷説百物語』が5位でもいいのかな。『ミステリ・トランスミッター』はそれぞれ独立した話で、1篇ごとに尖った趣向を入れています。これを評価したいですね。
杉江:でも『了巷説百物語』は故・工藤栄一監督が撮ったような作品ですよ。
若林:(笑)。そんな言い方されてもわからない人にはまったく伝わらないですよ。言いたいことがよくわかりますけど(各自調査)。
千街:ではその2作が4位と5位ということですね。残り3作。
若林:予備投票の段階では一応順位をつけましたけど、この3作はハナの差ですよ。どれが1位でもおかしくない。今回は作品のどこを評価するか、という話だと思います。
杉江:私は他のランキング投票ではすべて『地雷グリコ』を1位にしました。素晴らしい作品ですし、何より一般読者への拡散力があると考えたからです。ものすごい作品の力で、一般読者をミステリージャンルに引き込んでくれた。こんな訴求力のある作品はありません。それで言うと『彼女が探偵でなければ』は求心力、ミステリーファンであればあるほど引き込まれる作品ですよね。『伯爵と三つの棺』は1つの物語にいろいろな着想と技巧を詰め込んで架空世界を成立させた、完成度の緊密さを評価したいと思います。評価点が違って、どれも1位にふさわしい。
千街:これまでの、このリアルサウンド認定ベストテンを振り返ってみると拡散性という点を意識したことはなかったかと思いますね。私も他のベストテンでは地雷グリコを1位にしています。ただ、ここでは違ってもいいかな、という気がしています。
若林:どの作品も小説として広く読まれる可能性を秘めていると思います。その中で『地雷グリコ』は学園ミステリーというくくりの中でゲーム性を人工的に作り上げた作品ですよね。『彼女が探偵でなければ』はちょっと行き方が違っていて、現実世界との接続をなるべく失わないように配慮しながら、社会の中心からは少し離れたところでしか生きていけない人の哀しさを織り込んできた小説だと思います。そうした作品は、より広い読者層に響く可能性を秘めているかもしれない。
千街:なるほど、そうかもしれません。
杉江:『地雷グリコ』は直木賞候補になりましたが、他の2作はならなかった。今若林さんがおっしゃったように『彼女が探偵でなければ』は候補になってもよかったと思います。今の読者が読んだときに刺さるものがあり、親子の問題、ヘイトクライムへの批判的視線など各話に主題があって、少年をすべての作品に登場させているなど、読者が物語を身近に感じさせる工夫にも怠りない。
若林:その意味だと『彼女が探偵でなければ』を1位にしてもいいのではないか、という方に気持ちが固まりつつあります。
杉江:ちょっと違う観点から言いますが、2025年5月に決定する本格ミステリ大賞の候補に、『地雷グリコ』以外の2作はなる可能性がありますが、『彼女が探偵でなければ』よりも『伯爵と三つの棺』の方が可能性は高いでしょう。また、日本推理作家協会賞の候補にはすでに作者が受賞済の『地雷グリコ』と『彼女が探偵でなければ』はならないんです。実は3作のうちで『伯爵と三つの棺』が今後受賞する選択肢が多い。
若林:もう一つ。『彼女が探偵でなければ』は9月30日、このミス投票期間のぎりぎり刊行なんですよね。だから投票権を持っている人にあまりあまり読まれていないかもしれない。
千街:上位に来ていないのはそれが理由かもしれませんね。
杉江:投票で結果を出さないここでこそ評価すべきかもしれませんね。では、『彼女が探偵でなければ』が1位ということで決定しましょう。
というわけで、次点まで含めた順位、以下の通りに決定しました。ぜひ読書の参考にご活用ください。
1位『彼女が探偵でなければ』逸木裕(KADOKAWA)
2位『伯爵と三つの棺』潮谷験(講談社)
3位『地雷グリコ』青崎有吾(KADOKAWA)
4位『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』斜線堂有紀(双葉社)
5位『了巷説百物語』京極夏彦(KADOKAWA)
6位『日本扇の謎』有栖川有栖(講談社ノベルス)
7位『春のたましい 神祓いの記』黒木あるじ(光文社)
8位『ぼくは化け物きみは怪物』白井智之(光文社)
9位『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』南海遊(星海社FICTIONS)
10位『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美(新潮文庫)
次点『虚史のリズム』奥泉光(集英社)
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