スタジオジブリ作品の核を担う“背景美術”の世界 同じ森を描いても美術監督によって“湿度”が変わる?

ジブリ映画の核を担う“背景美術”の世界

■宮﨑駿が見抜いた『もののけ姫』美術監督たちの持ち味

 男鹿は、『もののけ姫』(1997年)にも5人いる美術監督の1人として参加し、主にアシタカが暮らしていた東北の森を担当した。これは男鹿が秋田出身だからで、シシ神が現れる照葉樹林のほうは長崎出身の山本二三が担当した。武重によれば、「同じ木々や森でもやはり描く絵がちょっと違うんです。男鹿さんの絵はカラッとした空気があり、二三さんの絵は湿度を感じられる」とのこと。そうした持ち味を活かせるように宮﨑監督が各人に発注したことで、場面ごとの説得力が高まった。

『スタジオジブリの美術』の中面より

 ここで名前の挙がった山本は、高畑監督の『火垂るの墓』(1988年)の美術監督も務めている。空襲で焼け落ちた神戸の街や、清太と節子が居候先を出て暮らすようになる防空壕、清太が息絶える三ノ宮駅構内などの背景美術が並んでいて、映画を観た人はシーンが思い浮かんでいろいろな感情にとらわれそう。あの時代のあの空気感をしっかりと捉えて絵にしてあるからこそ、物語との相乗効果が生まれたとも言える。山本は、細田守監督『時をかける少女』(2006年)でも美術監督を務めて、雲が湧き立つ夏の風景を描いて物語を支えた。

 背景美術だけを抜き出せば、ただきれいな絵が並んでいるようにしか見えないかもしれないが、どのようなシーンだったのか、どのような物語だったのかを思い出して照らし合わせることで、背景美術が持つ役割に迫ることができる。そんな楽しみ方もできそうな1冊だ。

『スタジオジブリの美術』の中面より

 宮﨑監督作品については、『風の谷のナウシカ』(1984年)のようなSFの世界や、『天空の城ラピュタ』(1986年)や『紅の豚』(1992年)のように少し昔の西洋を感じさせる場所、『千と千尋の神隠し』(2001年)や『君たちはどう生きるか』(2023年)の異世界パートのような不思議な空間が、それぞれの作品で登場する。そうした作品で使われた背景美術も『スタジオジブリの美術』には収録。よくぞこれほどまでのビジョンを生み出したものだと感心させられる。

 種田が、『ジブリの世界を創る』の中で指摘していることとして、アニメはシナリオではなく絵コンテが絶対的な存在だという制作プロセスの特徴がある。宮﨑監督は、絵コンテの段階で画面の設計図となるレイアウトもしっかりと描き込むタイプで、背景美術にもそうした監督の意図が反映されていると言えそう。ただ、舞台に相応しい色使いやタッチを選び、隅々まで配慮して描き挙げるのは美術の仕事。どこに監督の意図があり、どこに美術の技があるのかを考えながら見ていくのも良さそうだ。

 監修の武重は、『On Your Mark』(1995年)で始めて美術監督となり、以後『もののけ姫』、『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)、『千と千尋の神隠し』、『ハウルの動く城』(2004年)、『ゲド戦記』(2006年)、『風立ちぬ』(2013年)、そして最新作の『君たちはどう生きるか』といった数々のスタジオジブリ作品で美術監督を務めたベテランでありオーソリティーだ。収録されているインタビューでは、監督との仕事の進め方、美術担当者への発注の仕方、美術が作品の中で持つ意味などについて語っている。

 武重は、自身も美術のひとりとして、スタジオジブリの多彩な作品に関わり、それぞれに最適の美術を描き出してきたクリエイターだけに、インタビューの言葉とともに背景美術を見ることで、これからアニメの美術を目指す人には、いろいろと得るものがあるはずだ。

■書籍概要
書名:『スタジオジブリの美術』
仕様:A4判(297mm×210mm)/ハードカバー/568ページ(FullColor)/厚さ35mm、重さ約2.6キロ
定価:本体¥12,000+税
ISBN:978-4-7562-5777-2 C0079
発売日:2025年1月22日
監修:武重 洋二
責任編集:スタジオジブリ
発行元:パイ インターナショナル
©Studio Ghibli © 1988 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli © 1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli,ND
© 2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM © 2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

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