今最も注目すべき脚本家・黒岩勉 漫画的要素の移植を試みたドラマ『全領域異常解決室』での新境地

近年、もっともクオリティの高いエンタメ作品を量産している脚本家は、黒岩勉だろう。黒岩は2008年の第20回フジテレビヤングシナリオ大賞の佳作を受賞し、脚本家デビュー。『LIAR GAME Season2』(フジテレビ系)や『謎解きはディナーのあとで』(同)といった原作モノのミステリードラマを多数手掛け、優れたエンタメ性と原作の持ち味を活かした脚色力が、高く評価された。
大きな転機となったのは、2016年に放送された関西テレビ制作のオリジナルドラマ『僕のヤバい妻』(フジテレビ系)だ。
本作は妻の両親の遺産でカフェを経営している夫が、妻に愛想を尽かして愛人のカフェ料理長と共に妻を殺害しようと目論んだところ、妻が何者かに誘拐されてしまい、身代金を要求されるというクライム・サスペンス。妻の誘拐事件をきっかけに、怪しい人物が次々と登場し、やがて物語は身代金の争奪戦に発展。謎が謎を呼ぶ物語はどんでん返しの連続で、誰も予想できない場所に物語は向かっていく。
「スポーツ中継のようなドラマにしたかった」
本作が高く評価され、黒岩は新進脚本家に贈られる市川森一脚本賞を受賞した。受賞のコメントで黒岩は「スポーツ中継のようなドラマにしたかった」と語っている。これは彼の作風をもっとも的確に表した発言だろう。
黒岩のドラマを観ていると、極限状態に追いつけられた主人公の状況を、本人と周囲の人間がスポーツ番組の解説者のように逐一細かく実況中継しているように感じる。その結果、物語には独自の切迫した緊迫感が生まれ、終始目が離せなくなる。
日曜劇場(TBS系日曜夜9時枠)で放送され人気を博した『TOKYO MER~走る緊急救命室』、『マイファミリー』、『ラストマン-全盲の捜査官』といったオリジナルドラマは、黒岩が得意とするスポーツ実況の緊迫感をクライム・サスペンスに落とし込んだ傑作だが、原型となっているのが『僕のヤバい妻』だと言って間違えないだろう。
『それは、自殺5分前からのパワープレー』のさわやかな読後感
連続ドラマや映画を多数執筆し、良質のエンタメ作品に仕上げる黒岩の脚本の巧みさに触れる度に「この人が小説を書いたら面白いんだろうなぁ」と思うのだが、実は黒岩は『それは、自殺5分前からのパワープレー』(リンダパブリッシャーズ)という小説を2010年に刊行している。
本作は自殺サイトで知り合い、集団自殺をするために集まった5人の男が、謎の女性・ハナに頼まれて、六本木にある裏カジノの資金を強奪する物語。いわゆる、裏カジノを舞台にしたクライム・サスペンスだが、ハナから裏カジノに潜入するためのミッションを与えられ、一つ一つクリアしていくことで自殺直前だった5人の男を取り巻く空気が変わっていく過程が軽妙なタッチで描かれている。やがて物語は5人とハナが、イカサマが横行する闇カジノの仕組みを逆手にとって大金を奪う一世一代の大勝負に挑むのだが、最後はどんでん返しの連発で、全く展開が予想できない。
また、自殺サイトや裏カジノといった現代社会の暗部を物語の題材としながらも、本作の読後感はどこかさわやかだ。犯罪を扱っていても、不思議と前向きなのが黒岩作品の特徴だが「スポーツ中継のようなドラマ」とは描写だけでなく、犯罪者や警察をアスリートのように描くということなのだろう。競技として犯罪を描いているため、たとえ犯罪者であっても力を出し切った者に対するリスペクトが黒岩作品にはあり、だから後味が良い。