JA共済22億円超の横領事件はなぜ対馬で起こったか? 不正の構図に迫るノンフィクション『対馬の海に沈む』

JA共済の横領事件はなぜ対馬で起こった?

 昨年(2024年)の11月、案内状をいただいたので、「集英社 出版四賞」の授賞式に参加した。もちろん椅子に座って見ているだけである。この四賞のひとつである、第二十二回開高健ノンフィクション賞を受賞したのが、窪田新之助の『対馬の海に沈む』だ。選考委員の選評や、受賞者の挨拶を聞いて、これは面白そうだと思い手に取った。そして読んだ。たしかに面白い。だが、それ以上に恐ろしい本であった。

 窪田新之助は、日本農業新聞の記者を経て、フリーの農業ジャーナリストとなり、農業関係の著者を何冊も上梓している。記者時代の取材や、記事に圧力をかけられた体験などにより、早くからJAの問題点と闇に注目していたようだ。その思いが結実したのが、2022年に講談社新書から刊行された『農協の闇』であろう。この本で著者は、JAの問題体質を、さまざまな角度から剔抉していた。そして本書で、JA対馬で起きた、巨額の共済金横領事件の闇を追及したのである。

 2019年2月、海沿いの県道を駆け下りてきた車が、最後のカーブを曲がらず大きく逸れ、車止めにぶつかり、そのまま海に飛び込んだ。やがて車が沈み、運転席にいたJA職員の西山義治が死亡した。自殺か事故か分からないが、多くの人が自殺と思っている。というのもその日は、発覚した横領の疑惑について、厳しい追及を受けるはずだったからだ。

 この横領の金額は、後に二十二億円超に膨れ上がり、JA全体と対馬の人々を震撼させた。西山は、JA共済(保険)の営業を専門とするライフアドバイザー(LA)であり、JA共済が毎年開催している、JA共済優績ライフアドバイザー全国表彰式――通称「LAの甲子園」で、JAに就職した年を除き、ずっと「優績表彰」を受け続けた。それどころか「総合優績表彰」を十二回も授与されている。桁外れの顧客を持つ西山は『LAの神様』と呼ばれていたのだ。だがその成績は不正によるものであり、さらに巨額の横領が行われていた。やがて第三者調査委員会の調査の結果を経て、JAは横領の責任が西山ひとりにあると結論づけた。しかし著者は、そのことに疑問を抱く。人口三万人程度の対馬で、なぜ西山が日本一の成績を挙げ続けられたのか。長年にわたる横領を、誰も気づかなかったのか。協力者はいなかったのか。そして西山は、なぜ死んでしまったのか。この疑問に突き動かされ、著者は対馬で取材を始める。

 以後、著者の取材により、さまざまなことが明らかになっていく。JA上対馬支店に勤務する西山は、「建物更生共済」の盲点を突き、横領を働く。西山は非常に優秀かつ勤勉な人間だ。ただし、ひとりでこれだけの横領を実行できるはずもない。しだいに西山の横領に加担していた人々の姿が見えてくる。西山の不正に気づき、告発した人もいるが、JAの上の意向によって握りつぶされる。『JAの神様』がもたらす成績と名声を、JAという組織ぐるみで守るような構図が出来上がっていたのだ。第五章「告発」以降の内容は読んでいて、あまりの醜悪さに、どんよりした気持ちになってしまう。でも、先が気になってページを繰る手が止まらないのだ。

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