『呪術廻戦』虎杖悠仁の“成長”と「ダークヒーローの条件」ーー両面宿儺の違いはどこにあったのか

『呪術廻戦』に見るダークヒーローの条件
2024年12月末、渋谷駅前にて/撮影・島田一志

 昨年9月、人気絶頂のまま完結した、芥見下々によるダークファンタジー・コミック『呪術廻戦』。最終回の発表直前には、もしかしたらこの物語は夢オチのバッドエンドで終わるのではないかという憶測が一部ファンのあいだで飛び交ったものだが(第270話のサブタイトルが「夢の終わり」だったため)、いざ蓋を開けてみれば、主人公・虎杖悠仁の「成長」と「未来」が描かれた、極めて少年漫画らしいポジティブなエンディングであった。

 そこで本稿では、あらためてその虎杖悠仁というキャラクターと、「ダークヒーローの条件」について考えてみたいと思う。

※本稿は、『呪術廻戦』のネタバレを含みます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)

「善」と「悪」の両義性を持ったヒーローたち

 そもそも「ダークヒーロー」とは何か、という話から始めたい。

 従来、漫画に限らず「ヒーロー」を描いた物語では、「勧善懲悪」というか、清廉潔白な「正義の味方」が「悪」を懲らしめるさまを見せることで、読む者や観る者に感動(カタルシス)を与えてきたものである。

 しかし、「大きな物語」(ジャン=フランソワ・リオタール)が失われたポストモダンの時代以降、人々は、この世には「完全な正義」も「完全な悪」も存在しないということを知ってしまった。

 そうなると、必然的に、時代を象徴するヒーロー像もまた、「善と悪のあいだで揺れ動く者」にならざるを得なかったのではないかと私は考えている。より具体的にいえば、「本来は悪の側に存在しながら(あるいは魔性の力を持っていながら)、それでも他者を守るために命を賭して闘える者」――これが、私が定義する現代のダークヒーロー像である。

 『呪術廻戦』の虎杖悠仁は、ひょんなことから「特級呪物」である両面宿儺の「指」を飲み込み、結果的に「呪いの王」である宿儺の「器」になってしまう。そして、呪術高専の教師・五条悟にその「力」を見込まれ、同校に編入。時には、身の内に潜む宿儺を制御できず、己の無力さに絶望することもあったが、そこで出会った仲間や先輩たちと共闘することで、一人前の呪術師として成長していく。

ダークヒーローの条件【その1】
魔性の存在との合体――怪物と人間の狭間にいる者たち

 ちなみにこの、「虎杖/宿儺」に見られるような、1つの体を魔性の存在と共有すること(魔性の存在との合体)こそが、ダークヒーローの最大の条件といっても過言ではあるまい(それゆえ、ダークヒーローの多くは、「光」ではなく、「闇」を象徴する怪物のような禍々しい姿をしているのだ)。

 むろん、この条件を満たしていないダークヒーローも数多く存在するが、それでも、永井豪『デビルマン』から龍幸伸『ダンダダン』(※)にいたるまで、時代を象徴するダークファンタジー・コミックの主人公は、おおむねこの種の、つまり、魔性の存在と合体したキャラクターである、といえなくもないのだ。

※厳密にいえば、『ダンダダン』の主人公(オカルン)の体に宿っているのは、魔性の存在(ターボババア)の「力」のみであり、ターボババアの意識は招き猫に憑依している。

 その他の作品では、『寄生獣』(岩明均)、『チェンソーマン』(藤本タツキ)、『怪獣8号』(松本直也)などの主人公がこのパターンに当てはまる。

 また、『三つ目がとおる』(手塚治虫)、『クレイジーピエロ』(高橋葉介)、『BASTARD!! 暗黒の破壊神』(萩原一至)、『3×3EYES』(高田裕三)などのように、凶暴な別人格(ないし別人)が主人公の中に「封印」されているというケースもある。

 いずれにせよ、この種の主人公たちに求められる課題は、身の内に潜む「魔」とどう折り合いをつけていくか、そして、「正しいこと」のためにその「力」を使うことができるか、ということになるだろう。

ダークヒーローの条件【その2】
毒をもって毒を制す――移植された「悪の力」を「正義」のために使える者たち

 前述の「条件」とかなり重なる部分もあるが、「第三者によって、知らず知らずのうちに『悪の力』を体に植えつけられていたヒーロー」というパターンもある。この場合も、ヒーローたちは、「普通の人間ではなくなる」という理不尽な運命と向き合い、それでもなお、自らに備わった「悪の力」を他者のために使おうとする姿勢が求められる。

 作品でいえば、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』と『仮面ライダー』を筆頭に、『バオー来訪者』(荒木飛呂彦)、『強殖装甲ガイバー』(高屋良樹)、『ARMS』(皆川亮二)、『進撃の巨人』(諫山創)などの主人公がこのパターンである。

 なお、出生から、宿儺の指を飲み込むまでの一連の流れが、全て羂索によって仕組まれていたということを考えれば、虎杖悠仁はこちらのパターンにも当てはまる。

ダークヒーローの条件【その3】
肉体の欠損を補うのは他者の温かい心

 一方、これは虎杖とは関係のないパターンということになるが、「肉体の一部を欠損しているダークヒーロー」も少なくない(虎杖も最終的には2本の指を失うことになるが、それはあくまでも闘いの結果であり、その欠損により彼が「正義」に目覚めたというわけではない)。

 キャラクターでいえば、手塚治虫『どろろ』の百鬼丸と、三浦建太郎『ベルセルク』のガッツがこの種のダークヒーローの2大スターといえるだろう。前者は、権力欲に取り憑かれた父親によって、体の48のパーツを妖怪どもに奪われ、後者は、信頼していた親友に裏切られ、忌まわしい「降魔の儀」で右目と左腕を失ってしまう。

 あらためていうまでもなく、彼らの「肉体の欠損」は、「心の欠損」にそのまま繋がっている。だから彼らが「成長」するには、激しい負の感情(復讐心)を乗り越え、自らを理解してくれる他者の温かい心に触れる必要があるのだ。そのうえでなお闘い続ける理由――「自らが本当にやるべきこと」に目覚めた時、彼らは真のヒーローになれるのである。

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