木爾チレン × 橘ももが語る、小説を書き続けることの楽しさと難しさ 『夏の匂いがする』刊行記念対談

木爾「書こうと思ったきっかけは中学1年生の時の失恋」

木爾:子どもの頃から小説は好きでしたが、書こうと思ったきっかけは中学1年生の時の失恋です。当時すごく好きだった男の子がいて、10回以上告白したけど全部振られてしまって。それでもなんとか両思いになりたくて、私とその男の子が両思いになる小説を最初に書きました。自分でも気に入ったのでクラスメイトに読んでもらったところ、「すごくよかった」と言ってもらえたんです。その後、高校生になると好きなアイドルができて、アイドルとの夢小説やBL小説などをメルマガなどで配信していました。これがジャンルの中で1位になるぐらい人気で、配信するたびに読者からたくさん感想メールをいただきました。自分の小説を発信して感想をもらえることがすごく嬉しくて、自信にもなって、この辺から小説家になれるかもしれないと思い始めました。
橘:そこで、小説を書くという選択肢が生まれたのがすごいですね。それまで、小説を書いたことはなかったんですよね?
木爾:文章を紡ぐのが好きだったので作文やポエムなどは書いていましたが、小説は書いていなかったですね。自分の中に小説を書きたいという思いがあって、この恋が火付けになったのかもしれません。
――橘さんはいかがですか?
橘:小学生の時に近所のお姉さんが勉強を教えてくれていて、その時に問題文を使って勝手に物語を作っていたようです。それで彼女がお話を書いてみたらと勧めてくれて、小学3年生の時に一緒に絵本を作りました。その時は絵も自分で描いて、親などいろいろな人にプレゼントすると「すごいね」と褒めてもらえたのがすごく嬉しくて。お話を書く人になりたいという思いはこの頃からありました。もし絵が描ければ漫画家を目指したのでしょうけど、漫画は難しかったので小説家になりたいと思うようになりました。
――それぞれのデビューの経緯を教えてください。
木爾:本格的に作家になろうと思ったのは大学生の時です。朝起きるのが無理という社会性のなさもあって、もう小説家になるしかないと。就職という現実が迫ってきてから投稿を始めて、手当たり次第に送っていました。当時は何も考えずにR-18文学賞に投稿したけど、女性というテーマで書き続けている私にとって、この受賞も今となっては運命だったのかもしれません。R-18文学賞受賞の電話は卒業式の翌日にもらいました。
橘:ずっと小説家になりたくて、そのためには賞に応募しないといけないのだろうとは思うものの、当時は純文学もエンタメも何も分かってなかったし、どんな賞があるのかも全然知りませんでした。そんな時にたまたま中学校の図書館にあった本を開いたところ、後ろに小説募集と書いてあったんです。それがティーンズハートという少女向けの小説で、じゃあこれだと思って応募しました。中学3年生の時に書いた小説で佳作をいただいて、高校1年生で作家デビューしました。
――影響を受けた作家や作品はありますか?
木爾:私は村上春樹さんの『ノルウェーの森』や吉本ばななさんの『キッチン』と『白河夜船』、川上弘美さんの『先生の鞄』などです。特に『白河夜船』が好きで、妻が植物状態になっているという設定に衝撃を受けました。『夏の匂いがする』収録の「植物姉妹」は『白河夜船』に感化されて書いた小説です。
橘:私ははやみねかおるさんの『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズが好きで、はやみねさんみたいな作家になりたいとずっと思っています。児童文学だけど、ミステリーの構造が本格的だし、人間の冷たい闇の部分もしっかり描かれている。でも最終的には優しいぬくもりに溢れた物語が今でもすごく好きですね。
橘「目の前の仕事に真摯に向き合うしかない」

木爾:単刀直入に言うと出した本が売れなかったんです。文芸の依頼もあったけど、売れなかったことで何を書けばいいのだろうとスランプに陥ってしまいました。その時期に書いていたのがボカロ小説です。もともと蝶々Pさんの音楽がすごく好きで、一度ファンレターを送った時に歌詞を書きたいですみたいな無粋なことを言ってしまったのですが、そこからノベライズの依頼をいただきました。ボカロ小説はこれまでに書いたことがないジャンルで挑戦だったけど、蝶々Pさんの音楽が好きだったこともあってファンの方に好評で、業界の方にも気に入っていただけたようでノベライズの仕事が広がっていきました。
橘:ティーンズハートの仕事を大学受験で1年ほどお休みしたところ、そのブランクでちょっとファンが離れちゃったんです。少女小説はコンスタントに作品を出し続けないといけないし、ジャンルの衰退もあってレーベルもなくなってしまいました。担当さんがノベライズの仕事などを回してくれたけど、単発ものなのでそれだけでは食べていけなくて、『ダ・ヴィンチ』編集部で働き始めました。編集者の仕事自体は好きだったけど、土日もないような生活で、雑誌だけでなく小説の編集もしていたから、自分の作品も書けないのに何をやっているんだろうと葛藤もあって、結局4年で辞めてしまいました。そこからはライターの仕事を少しずつ増やしながらノベライズの仕事などもして、30歳の時に青い鳥文庫で小説を出すことができました。
木爾:ノベライズの執筆は自分の作品ではない辛さはあったけど、今となってはすごく勉強になったと思っています。橘さんも編集者として他人の作品を見たことは今に繋がっていますか?
橘:繋がっていると思います。自分が書きたいものを書くだけでなく、「どう伝えるか」という視点が、編集者時代の経験を通じて備わったような気がします。あと、ノベライズされるのはそもそもメジャーな作品が多いので、物語の構成などを学ぶ勉強になりました。
木爾:最近の小説はキャラを褒めていただくことが多いけど、これはボカロ小説やノベライズなどでキャラの強い作品に関わって勉強できたからだと思います。
――キャリアの転機になった作品は何でしょうか。

木爾:私の場合は明確に『みんな蛍を殺したかったです』です。第二のデビュー作だったと自分では捉えています。この本の担当編集さんが、「チレンさんはもっと女のドロドロした部分を書くべきだと思う」と言ってくれたんです。それまでは自分の綺麗な部分だけを書いてきた気がしますが、表も裏も全てさらけ出す小説を執筆したことで、読者に「こういう黒い感情を持っていたのは自分だけじゃなかったんだ」と共感してもらえました。タイトルも物騒だけど、このぐらいパンチがあった方がキャッチーだし、興味を持ってもらえましたね。
橘:私は『忍者だけど、OLやってます』です。元々は『ダ・ヴィンチ』があった会社のメディアファクトリーから出ていたのですが、色々あってレーベル自体がなくなってしまって。その後、双葉社に移籍して出し直してもらえたことが大きな転機になりました。
――『蛍』も『忍者OL』もキャラクターの魅力を感じる作品です。一般文芸とライト文芸ではキャラの作り方や書き方に違いはありますか?
木爾:『夏の匂いがする』はキャラ小説というよりも空気感を描こうとした小説です。自分としては『蛍』もキャラ小説だとは思っていなかったけど、その前にノベライズをたくさん書いて、キャラ作りがインプットされたことが無意識に反映されているのかもしれません。
橘:『忍者OL』は忍者というワードによってキャラが強くなったところがあるとは思います。ただ、刊行したあとにライト文芸と言われることが増えて、そうなのかあ、と思ったくらいなので、書いているときはそれほど意識していませんでした。児童文学が好きなので、もともとキャラクターに愛着をもちやすいというのは、あるかもしれませんが。、チレンさんの小説も、一般文芸寄りの作品にもライト文芸寄りの作品にも、通底した魅力がありますし、何を書きたいかによってその都度、自然と作品の雰囲気が変わっているんじゃないかという気もします。
――お二人ともデビューが早かったですが、作家を続ける楽しさと難しさを教えてください。
木爾:R-18文学賞は売れっ子作家を輩出しているのに私はぱっとしなかったし、ノベライズばかりやっていた。活躍している人を見るたびに悔しくなって、SNSも見たくないし本屋にも行きたくないという時期もありました。このあたりの思いの丈は『神に愛されていた』という作品にぶつけています。ただ売れなかった10年で土台ができたので、不器用な私にとっては必要な時間だったのかもしれません。小説家は果てがない職業だけど、書き続けて結果を出して、こうして初期短編集を刊行できたのは自分が頑張ったご褒美だなと思います。
橘:長いこと書くという仕事に関わりすぎて、もはや楽しいという気持ちはあまりなく、できることならだらだら寝て過ごしたいんですけど、でもやっぱり、作品を書きあげられたときは嬉しいんですよね。編集者をやめたのも、どうしても「書きたい」という気持ちが捨てられなかったからですし。仕事や人との出会いに恵まれて、気づいたらこんなにも長く続けられてしまったという感じですが、一つひとつ、目の前の仕事に真摯に向き合うしかないかなと思っています。

――最後にそれぞれの今後の展望について教えてください。
橘:12月に双葉社から新作『恋じゃなくても』が出ます。初めての単行本でテーマは婚活です。私は今年デビュー25周年なのですが、名刺代わりになる作品ができたと思っています。結婚だけでなく、どう生きるべきかに揺れる人たちを描いた小説なので、広く届いてほしいですね。(参考:偽装結婚、カサンドラ症候群、アセクシュアル……さまざまな「繋がり」を描く小説『恋じゃなくても』著者・橘ももインタビュー)
木爾:『夏の匂いがする』以降の予定は具体的には決まっていませんが、今後も女性として生きる難しさや女性の痛みに焦点を当てていきたいです。これまでは少女をモチーフにしてきたけど、もう少し年齢層を上げた作品にも挑戦したいですね。来年は『人間失格』の女の子バージョンなども書いてみたいと構想しています。
■書誌情報
『夏の匂いがする』
著者:木爾チレン
価格:1,815円
発売日:2024年12月20日
出版社:マイクロマガジン社
特設サイト:https://kotonohabunko.jp/special/summemo/
■イベント情報
『夏の匂いがする』の発売を記念し、木爾チレンさん自らが本作について語るオンラインイベントを開催します。
聞き手は少女小説に造詣が深い、書評家・嵯峨景子さん。
執筆の舞台裏から創作活動に至るまで、ここでしか聞けない話を存分に語っていただきます。
ぜひ奮ってご参加ください。

『夏の匂いがする』発売記念 木爾チレンさんオンライントークショー
【開催日時】2025年2月5日(水) 20:00~21:00
【オンライン配信】Zoomウェビナー ※期間限定アーカイブ配信あり
【対象商品】『夏の匂いがする』
【参加方法】店頭発売日から2025年2月5日(水)20時までに、紀伊國屋書店全店(洋書専門店、大手町ビル店をのぞく)のレジにてお買い求めください。お買い上げ時レシート上にイベントのバーコードが表示されることをご確認頂きバーコードから移動した先のURL(Zoom)から参加のご登録をお願いします。
【レシート発行期間】2024年12月18日~2025年2月5日
【オンラインイベントの詳細】https://kotonohabunko.jp/special/summemo/talkshow/