映画『ピンポン』は“漫画の実写化”を変えた作品? 漫画編集者が語る、松本大洋の特異性とその時代
2002年に公開された映画『ピンポン』が12月20日より、東京・渋谷シネクイントにて、初のデジタル版/5.1chの音響でリバイバル上映される。このニュースにファンから歓声が上がっているが、松本大洋の同名コミックを実写映画化した本作は、なぜいまも愛され続けているのか。
漫画編集者で評論家の島田一志氏は、1996年~97年に「ビッグコミックスピリッツ」で連載された原作漫画を手がけた松本大洋を「1990年代から2000年代にかけてのヴィレッジヴァンガード的なサブカル文化を牽引した一人」と評価した上で、その人気を次のように分析する。
「“ポスト大友克洋”と言われる作家のなかでも、松本大洋さんは最大のスターと言っていいと思います。白と黒のコントラストが利いた画面、魚眼レンズを覗いたような構図、バンド・デシネっぽい絵柄など、前衛的なビジュアル表現。一方で、描いている物語の根底にあるのは人情/友情であり、男の美学です。『ピンポン』もおしゃれな絵柄に隠れがちですが、実は王道のスポ根で、少年たちの成長物語。見せ方は前衛的だけれど、物語は王道ーーだから松本大洋はマイナーポエット(一部の熱烈なファンに支持される創作者)に留まらず、『ピンポン』も広く長く愛され続けているのでしょう」
映画『ピンポン』は第26回日本アカデミー賞で、優秀作品賞をはじめとする8部門を受賞するヒット作となった。ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(2000年)、金城一紀の直木賞受賞作を行定勲監督が撮った『GO』(2001年)でタッグを組んだ、脚本・宮藤官九郎×主演・窪塚洋介のコンビが、見事に事前の期待に応えた格好だ。
「今でこそ業界を代表するスターですが、若くして旬を迎えていた二人の勢いが、『ピンポン』の青春物語と噛み合い、化学反応を起こしたような印象でした。また、忘れては行けないのは曽利文彦監督の手腕で、得意のCGを使って描いた試合のシーンは見事。しかし、松本大洋と同じくビジュアルのテクニックに溺れることなく、人間を描いていました。脚本・監督・主演がそれぞれに特性を生かしながら、原作に対するリスペクトを忘れず、絶妙に調和が取れた作品になっています」
「漫画原作の実写映画」という、現在ではドル箱になっているジャンルへの影響も大きかったと、島田氏は分析する。
「『ピンポン』と、その前年(2001年)に公開された『殺し屋1』が流れを変えたと思います。70~80年代にも漫画の実写化はありましたが、コスプレ感が強く、いまカルトな映画を楽しむ目線で観れば面白いのですが、よくない意味でコミカルだった。90年代になると吉田秋生『櫻の園』、望月峯太郎『バタアシ金魚』、つげ義春『無能の人』など、単館系の映画で漫画原作のいい作品が少しずつ出始めて、その流れを決定づけたのが『殺し屋1』であり、『ピンポン』だった。それぞれの役者の個性がしっかり生かされており、かつて感じられた、コスプレさせられているような滑稽さがない。窪塚洋介が演じたペコ(星野裕)は完璧だったと思います。それが『NANA』や『のだめカンタービレ』、『ハチミツとクローバー』『デスノート』などのヒット作につながったと言えるでしょう」
90年代から2000年代ーー世紀末から新しい時代に向けて、才能あふれるクリエイターたちが突き抜けようとしていた感覚が、『ピンポン』からは伝わってくると島田氏。リバイバル上映でその熱気を感じてみるのもいいかもしれない。
■公開情報
『ピンポン』
渋谷シネクイントにて、12月20日(金)より公開
出演:出演:窪塚洋介、ARATA(現・井浦新)、サム・リー、中村獅童、大倉孝ニ、竹中直人、夏木マリ
原作:松本大洋『ピンポン』(小学館)
監督:曽利文彦
脚本:宮藤官九郎
2002年製作/114分/日本/配給 アスミック·エース
©2002「ピンポン」製作委員会
公式サイト: https://www.cinequinto.com/shibuya/