悦ネエはオールを漕ぐ手を止めないーー『がんばっていきまっしょい』映画版のノベライズに見る、踏み込んだ心情 

『アニメ映画 がんばっていきまっしょい』レビュー

 第4回坊ちゃん文学賞を受賞した敷村良子の小説『がんばっていきまっしょい』(幻冬舎文庫)が、アニメ映画となって10月25日に公開。岩佐まもるによる映画のノベライズ『アニメ映画 がんばっていきまっしょい』(角川つばさ文庫)を読むと、原作小説や過去の実写映画、テレビドラマといった映像化作品との違うところや変わらない部分が分かる上に、アニメ映画よりも踏み込んだ登場人物たちの心情に触れられる。

 愛媛県松山市にある三津東高校で、女子高生たちがそれまでなかった女子によるボートチームを結成して競技に臨む。『がんばっていきまっしょい』という物語のあらすじからは、どうしても熱血スポ根ストーリーといった雰囲気が浮かんでくる。ところが、アニメ映画の『がんばっていきまっしょい』は、部活ものに付きものの熱さや涙を流すような悔しさが、最初のうちはあまり漂わない。

 主人公の悦ネエこと村上悦子は、何事にもあまりやる気を見せない性格で、通っている三津東高校で伝統行事となっているクラス対抗のボートレースに漕手として狩り出されても、他のクラスに追いつけないと分かると漕ぐのを止めてしまう。ノベライズの『アニメ映画 がんばっていきまっしょい』では、クラスマッチ参加の感想を「最悪」と切って捨てる悦ネエが描かれる。およそスポ根ドラマの主人公らしくない冷ややかさだ。

 だったらどうしてクラスマッチに参加したかというと、幼馴染みのヒメこと佐伯姫に推薦されたから。ノベライズには「間奏 イージーオール」というエピソードがあって、子供だったころの悦ネエは、クラスのリーダーとして一目置かれていて、いじめられていたヒメを助けてくれたことをヒメが回想している。そんな過去の強い悦ネエのイメージをヒメはずっと持ち続けていて、すっかりやる気を失っている悦ネエにもう一度、奮起してもらいたいと願っていたのかもしれない。

 だから、埼玉から転校してきたリーこと高橋梨衣奈という女子が、転校前に見学したクラスマッチに刺激され、ボートをやりたいと相談してきた時、ヒメは悦ネエより先に「いいよぉ」と言って、ひとりしかいないボート部員の二宮のところにリーだけでなく悦ネエも連れていく。3人が入ってくれれば休眠中のボート部を再開できると二宮に言われ、リーからも頼まれた時にヒメは、「どうする? 悦ネエ」とけしかけるようなことを言った。

 親がどちらも漁業関係者で、ライバル心があるからなのかいつも競い合っているダッコこと兵藤妙子と、イモッチこと井本真優美という2人の女子も加わって、4人が両手にオールを持って漕ぐ舵手付きクォドルプルという種目に挑むようになる。ヒメは、コックスという舵を取り漕手に支持を出すポジションに付き、悦ネエと他の3人が漕手となって練習に臨むようになっても、悦ネエの熱は上がってこない。

 子供のころは神童と持ち上げられながら、成長するに従って凡庸になって、がんばってもムダだといった心情に陥ってしまっている人なら分かる悦ネエの無気力ぶり。折れて曲がってしおれてしまった心が立ち直ることはないのか? そんな問いかけに、決してそうではないことを感じさせてくれる展開が、アニメ映画『がんばっていきまっしょい』には待っている。

 練習を終えて喫茶店兼お好み焼き屋で休憩していた所に、同じ浜で練習している別の高校の女子ボート部員が入ってきた。リーが親しげにが挨拶すると、「私たち真面目に全国、目指してるんだ。邪魔にならないようにしてほしいかも」と返してきた。やる気満々のダッコやイモッチがムカついたのは当然だが、悦ネエまでもが「……昨日のあれ、まだムカムカする」と言って対抗意識を口にする。

 そして臨んだ高校総体の予選だったが、女子ボート部が活動を始めるきかっけを作ったリーが緊張でガチガチになり、どうにか漕ぎだしてはみたものの他の高校に大きく引き離される状況に、ダッコもイモッチも諦めて漕ぐ手を止めてしまう。そこで以前だったら真っ先にあきらめていたはずの悦ネエが、ひとりだけ気力を保って仲間を叱咤する。

 漕手の4人とコックスが息を合わせてボートを漕ぐことで生まれる爽快感。そこから感じ取れる一体感。ボートに取り組むようになって、悦ネエはそういったことを思うようになっていた。みなとひとつのことに取り組むことで生まれる喜びをもっともっと味わいた。だからボートをがんばりたい。アニメ映画で描かれノベライズで綴られる、悦ネエのそうした心の動きに触れることで、過去に縛られていたり恥ずかしさから突っ張っていたりする人も、自分から動いてみようと思えてくるはずだ。

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