杉江松恋の『鎌倉ものがたり』評:ミステリー的な構成のおもしろさ、幻想譚ゆえの奇想、根底にある深い人間洞察

杉江松恋の『鎌倉ものがたり』評
2024年9月12日刊行の『鎌倉ものがたり(37)』

 1984年の連載開始から40周年の節目である。最新刊である37巻が最近になって刊行された。長寿シリーズの常として、話を彩るキャラクターはだんだん増えていて、初めは曖昧だった鎌倉魔界の設定も、現在では高麿の宮家なる魔物が実力者として統べていることが明らかになっている。収録作の二番目、第370話「死のマグロー船」は、その高麿の宮家に叛旗を翻そうとした裏切者・鬼道坊が主役である。彼はクーデターに失敗し、活動資金を魔界の闇金に借りていたのが災いして、マグロ船ならぬマグロー船に売られてしまったのだ。また、第371話「魔界文士劇」では、正和が魔界の作家たちが出演する舞台劇に出演させられることになる。一色作品はミステリーではなくユーモア小説として魔界では読まれていて、正和は人気作家なのだ。そうしたシリーズ設定を知っているとおもしろさが倍化する作品もあるが、もちろん最新巻から読んでまったく問題はない。

『鎌倉ものがたり(37)』第377話「夜の市の少女」より

 第377話「夜の市の少女」は、恒川光太郎の短篇を思わせる物哀しい物語である。基本的に『鎌倉ものがたり』の世界観はほのぼのとしたものなのだが、完全なハッピーエンドではない作品も多い。人間社会の醜さ、辛さを、優しい絵柄で緩和しつつも西岸良平はきちんと描くのである。そうした暗い部分と暖かいぬくもりとが並立する形で世界は存在する。『鎌倉ものがたり』は、ミステリー的な構成のおもしろさ、幻想譚ゆえの奇想、キャラクターもののほのぼのとした味はもちろんだが、こうした深い人間洞察が根底にあるがゆえに、多くの読者に支持されてここまできたのだろう。読めばきっと忘れられなくなり、またきっと読み返したくなる。そういう作品だ。

■漫画情報
『鎌倉ものがたり 37』
著者 : 西岸良平
定価:748円 (本体680円)
発売日:2024.09.12
出版社:双葉社
『鎌倉ものがたり』40周年特設サイト
https://www.futabasha.co.jp/kamakura/

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