漫画編集者のSNS 漫画家とのやりとり“見える化”する背景ーー現役編集者に聞く裏事情
■編集者もSNSをやるのが普通なの?
SNSの発達と普及に伴い、漫画家と編集者の関係に変化があらわれている。これまで、漫画家と編集者のやり取りは、基本的にブラックボックス化されていた。鳥山明のように、一部の漫画家が編集者とのやり取りを漫画化したり、エッセイにする事例はあったが、どちらかといえば編集者は裏方の存在であった。
昨今では、編集者が何かと表に出るのが普通になっている。ヒット漫画の編集者がSNSのアカウントを開設し、積極的に情報発信を行うケースも目立つ。そして、「SNSを使いこなすことこそが有力な新人を獲得し、漫画をヒットさせるために不可欠」と考える編集者も増えているようだ。
漫画家志望者にとって、編集者は最初の関門といわれる。編集者に認められなければデビューできないためだ。そんな漫画家側も、投稿先や持ち込み先を決める際に、編集者のSNSをチェックする例が増えていると聞く。漫画家と編集者の関係はどのようになっているのか。大手出版社の青年誌で編集を務めるA氏に、その現状を聞いた。
■編集者が漫画家に優しくなった
――Aさんは漫画の編集を20年以上続けていますが、仕事を始めた頃と現在で、変化はありますか。
A:はっきり言って、編集の仕事自体には変化はありません。才能のある漫画家を発掘し、面白い漫画を一緒に制作して世に送り出す。そしてヒットを狙っていく。このサイクル自体はずっと変わらないですし、この先も変わることはないでしょう。ただ、漫画家に対する対応はずいぶん変わったと思います。
――と、言いますと?
A:編集者が“厳しくなくなった”のは間違いないですね(笑)。全体的に、新人に優しくなりました。僕が入社した頃は、編集部全体に昭和の名残があって、新人にもベテランにも厳しい鬼のような編集者がいたんですよ。漫画家に平気で怒鳴ったり、暴言を吐く感じです。今ではすっかり、世代交代も進み、そういう編集者はいなくなりました。というか、極力、漫画の内容にも編集者が口出ししない方向になりつつあります。他の編集部は知りませんが、少なくともうちはそうです。
――それはなぜでしょうか。やはりコンプライアンスの意識が高まってきた影響なのですか。
A:それもありますが、漫画家が編集者の発言などをブログやSNSに書いたり、トラブルを告発する例が増えた影響があると思います。ここでは名前を挙げませんが、以前、ある有名な漫画家が編集者とのトラブルを告発し、大騒動になった例があります。これを機に、編集者と漫画家の付き合い方が変わったと思っています。特に、新人には厳しいことが言えなくなりましたね。
■新人との付き合い方にも変化が
――新人漫画家に対して、編集者は時には厳しいことを言いつつも、ビシビシ鍛えていくというイメージがありますが、違うのでしょうか。
A:今はかなりゆるゆるだと思いますよ(笑)。これはブログが流行り始めていた2000年代後半からすでに兆候はあったのですが、漫画家志望者が編集部に持ち込み、編集者とやりとりしたことを、ブログに書くケースが出てきたんですよ。
――今でもSNSに編集部訪問のことを書く人、いますよね。
A:そうそう。それこそ一字一句、僕が話したような内容をそのまま書いてね。まるでアイドルの握手会のレポートみたいだけれど。これにはちょっと驚きました。そして、あの編集部の誰それは厳しいとか、優しいとか、投稿者の間で情報交換がされるようになったのです。
――そうなると、厳しいコメントがしにくくなりますよね。
A:まさにそれで、厳しいコメントを書くとSNSで一気に拡散されてしまうんですよ。本人は優しく言ったつもりでも、受け取り方は十人十色だし、ネガティブなイメージほど広まりやすい。最悪、編集部のSNSが炎上してしまう。そういった炎上を恐れて、編集者がびくびくしながら漫画家志望者と話をする一面はあると思いますよ。
■SNSを通じて有望な新人を捕まえる
――最近ではSNSを使っている編集者も増えましたよね。
A:漫画雑誌の編集部がXなどSNSを活用し、投稿に関する質問を受け付けるようになりました。そして、おっしゃる通り、編集者が個人でアカウントを作るようになっています。
――なぜ、個人のアカウントが必要なのでしょうか。
A:最大の理由は、個人のアカウントから持ち込みや投稿を受け付け、有望な新人を捕まえようという目論見があるためでしょう。担当する漫画家が連載でヒット作を出し、知名度を上げれば、編集者のことも「あの人気作品の編集なんだ」と知ってもらえる。すると、実力のある新人がどんどん寄ってくるという好循環になるわけです。
――それは効果抜群な気がしますね。ヒット作を生み出した編集者と一緒に漫画を作りたい、という思いは新人なら誰しもがもつ感情でしょうから。
A:従来なら、有望な新人を捕まえたい編集者は誰よりも早く出社して、編集部の電話の前に張り付いていました。電話を取れば取るほど、新人が捕まる可能性は上がるわけですからね。今でもそういう編集者はいるかもしれませんが、今の子って、電話をするのが苦手になってきているでしょう。持ち込みの連絡をする手段は、以前は電話しかありませんでしたが、最近は編集者のSNSでも受け付けるようになっています。新人獲得の場として、SNSは重要な場になっていることは間違いありません。
――では、編集者はSNSをやったほうがいいと。
A:ネット上でのコミュニケーションが得意な人は、メリットが多いと思うので、やったほうがいいですよ。僕はやりたいと思いませんが(笑)。
――AさんがSNSをやらないのはなぜでしょうか。
A:僕は不用意なことを言って、炎上するのが怖いので(笑)。余計なことを書いてイメージを落とすくらいなら、やらないほうがマシ。それにSNSをやっている暇がないし、自分の考えを活字化するのが苦手という極めて個人的な事情があります。若い編集者は器用ですよね。僕は残念ながらSNSが使いこなせないんですよ。だから、あくまでも投稿作から有望な新人を見つけるという、古典的なやり方に徹しています。編集者のスタイルは人それぞれなので、自分に合ったやり方でやるのが一番だと思いますよ。
■編集の仕事には正解がない
――Aさんはヒットを数々手掛けているわけですが、もっと表に出ないのですか。
A:いや~、僕は表に出ませんよ(笑)。出たくない。黒子に徹するのが編集者だと思っているので。もちろんカリスマ的な編集者を否定しませんし、むしろ自分にできないことをやっていて凄いなあ、かっこいいなと思うことのほうが多いかな。しかし、僕のスタンスとしては昔ながらの漫画作りを貫いていきたいんです。
――それでもヒットを出しているから、凄いですね。
A:先ほども言いましたが、編集の仕事って正解がないのです。こうすれば当たる、みたいな絶対的な法則がない。絶対にこうすればヒットする、なんて言っている人は話を盛っていて大抵嘘ですし(笑)、ヒットの理由なんて後付けでしょう。とにかく、正解がないからこそ面白い仕事といえます。
――漫画家志望者がいい編集者と巡り合うには、どうすればいいのでしょう。
A:はっきり言って、漫画家と編集者が上手くいくかどうかは相性がすべてだと思います。だから、仮に担当編集がついたとしても、「この人とは上手くやっていけないな」と思ったら、潔く別の雑誌に持ち込むのもアリです。今は漫画家のニーズが高いですから、数社とやりとりすれば必ずいい編集者と巡り合えるはず。編集者も切られるのは慣れていると思いますので、ぶっちゃけ、いきなり音信不通になってもいいと思いますよ(笑)。
――漫画家がデビューしやすくなっている、令和の時代ならではのコメントですね。
A:ただ、最近はIT系の企業も儲かるからと言って漫画に進出してきているでしょう。そういう編集部はマーケティングに則って漫画を描かせるか、もしくは新人の好きなように描かせて“数打てば当たる”の考えでヒットを狙っているケースもある。この作り方は疑問なんですよね。僕は内容にかなり口出しするし、それで衝突してきたこともある。でも、ありがたいことに僕を慕ってくれる漫画家もいるんです。編集者は漫画家がどんなことでも相談できるような、頼られる存在でありたいと思っています。