マルキ・ド・サドが遺した世紀の問題作『ソドムの百二十日』に宿る呪いとは? 手稿が辿った数奇な運命

問題作『ソドムの百二十日』に宿る呪い

 フランスの作家マルキ・ド・サドが遺した、「文学史上最も重要な小説のひとつ」とも、「悪魔の福音書」とも評される『ソドムの百二十日あるいは淫蕩学校』。性的満足を得るための犯罪行為によりバスティーユ監獄に収監されていたサドは、1785年10月にこの作品の執筆に着手し、37日間で完成させる。

 〈親愛なる読者諸兄、ついに人類史上ほかに類のない不潔極まる物語の幕が開く。存分にご堪能あれ〉。序文で不穏な予告をした後の本編は、近親相姦、獣姦、スカトロジー、死体愛好症、子ども殺し等々、悪趣味のオンパレード。罪人が書いたものとして不謹慎極まりなく、当然見つかるわけにはいかない。33枚の羊皮紙を巻物状にした手稿(直筆原稿)は、独房の壁の隙間に隠されていた。だが、1789年フランス革命の混乱に紛れて、何者かに持ち去られてしまう。その後手稿はさまざまな人間の手に渡るも不運な出来事が重なり、一つの場所に落ち着くことなく漂流を続ける。それは原稿を奪われたまま亡くなった、サドの怨念によるものなのか?

 そんな禍々しい手稿の行方を追ったノンフィクションが、6月13日に発売された本書『サド侯爵の呪い 伝説の手稿『ソドムの百二十日』がたどった数奇な運命』(金原瑞人+中西史子訳、日経ナショナルジオグラフィック)である。手稿の波乱万丈な来歴。サドの欲望にまみれた人生。直筆原稿市場を揺るがした、フランス史上最大の投資詐欺事件。調査報道メディア「ザ・レバー」の編集長を務める著者のジョエル・ウォーナーは、手稿が関係する3つの物語を並べて描くことで、呪いの源を立体的に浮かび上がらせようとする。

 そもそも手稿は、なぜ人々を惹きつけたのか? その価値をまず発見したのは、19世紀初頭のフランスに登場した、「愛書家(ビブリオフイル)」と呼ばれる稀覯本のコレクターたちだった。彼らの中でも、性愛をテーマにした文学・芸術「エロティカ」を収集する人々にとって、悪名高いサドのアンダーグラウンド作品はとびきり魅力的な獲物となる。愛書家の貴族マルキ・ド・ヴィルヌーヴ=トランは、祖父が購入していた『ソドムの百二十日』の手稿を別荘で発見し、サドの作品の虜となりエロティカの世界に没入していく。だが、浪費癖により経済的に追い詰められたトランは、手稿を売りに出さざるを得なくなる。

 意外なことに手稿はその後、愛書家たちの間を渡り歩いていくわけでもない。『ソドムの百二十日』を性科学の研究資料とした、ドイツの医師イヴァン・ブロッホ。第一次世界大戦後のパリを席巻した芸術運動「シュルレアリスム」のパトロンで、手稿を取り出しては、集まりの場でわいせつな部分を読み上げたというマリー=ロール・ド・ノアイユ。彼女の娘でプロ騎手のナタリー・ド・ノアイユなど、持ち主の個性も変化していく。そして彼らは何かに呪われたかのように、誹謗中傷・事故・盗難をはじめとする不運に見舞われることとなる。

 その背景にはフランスの貴族階級の衰退や、反体制的な思想・芸術を弾圧するナチスの台頭といった外的な要因が存在していた事実も、本書では明らかとなる。一方で手稿は文学だけでなく、科学・芸術・ポップカルチャーなど他ジャンルでのサドの再評価もあり、価値が落ちることはなかった。現代に舞台が変わると、手稿は国家を巻き込んでの争奪戦に巻き込まれることになる。

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