松本清張、なぜ再注目? 『松本清張はよみがえる』『松本清張の昭和史』に読む、現代的価値

松本清張の再評価を考える

 松本清張が1992年に没して32年。年号も平成から令和に変わって過去の作家になってきたかと思いきや、2024年2月にノンフィクション作家の保阪正康が『松本清張の昭和史』(中央公論新社)を出し、明治大学准教授の酒井信も『松本清張はよみがえる 国民作家の名作への旅』(西日本新聞社)を出して、事績を振り返りつつ現代でも失われていないその価値を訴えていた。いったい今、松本清張をどのように読むべきなのか?

 松本清張とは何者か? ある人は、桃井かおりが強烈な悪女ぶりを演じてみせたサスペンス映画『疑惑』や、何度もドラマ化や映画化が行われているミステリ小説『砂の器』の原作を書いた推理作家として覚えているかもしれない。ある人は、「下山国鉄総裁謀殺論」や「帝銀事件の謎」といった、太平洋戦争後の日本で起こった奇妙な事件の謎に挑んだ、社会派のノンフィクション作家と認識しているかもしれない。

 若い人なら、NHKでTVアニメが放送中の小説『烏は主を選ばない』を書いた阿部智里が、デビュー作『烏に単は似合わない』で受賞した、第19回松本清張賞に冠された名前として見知っているかもしれない。この作品はファンタジー作品だが、松本清張賞は他に『64』の横山秀夫が推理小説『陰の季節』で受賞し、『転職の魔王様』の額賀澪が青春小説『屋上のウインドノーツ』で受賞するなど、様々なジャンルの作品や作家を輩出している。

 松本清張という名前の下で、こうした多彩な作品や作家が送り出されても、あまり違和感を覚えられることがないのは、それだけ松本清張が多方面で活躍した作家だったことを表している。そもそも松本清張は、デビュー作の歴史ミステリ「西郷札」が直木賞の候補になり、「或る「小倉日記」伝」が純文学に与えられる芥川賞を受賞して広く知られることになるなど、ジャンルに縛られない活動を当初から繰り広げていたところがある。

 酒井信の『松本清張はよみがえる』でも「はじめに」の中で「清張はミステリ小説に限らず、純文学、時代小説、戦後日本の闇を暴くノンフィクション、考古学の知見を踏まえた論考など、ジャンルを超えて数多くの作品を記し」た作家と指摘されている。「西郷札」に始まる著作を順に紹介していく本文でも、「或る「小倉日記」伝」を「限られた土地の中で限られた生を全うする人間が、何か一つでも意味のあることを成し遂げたいと必死でもがく姿を描いた」作品と評し、出世作となった「点と線」を「松本清張らしい「時代の空気」と「大衆の欲望」の双方を取り込んだタイムリーな作品」と紹介して、文芸でもエンターテインメントでも書ける作家といった印象を醸し出している。

 銀行で男性の補助的な仕事を長く続けていた女性行員を主人公にした「黒革の手帖」では、「女性行員の「怨嗟」を核として物語を構成している点がユニークである」と評して、男女雇用機会均等法以前の差別的な女性の労働環境をえぐり出した社会派のサスペンスであることを感じさせている。「昭和史発掘 芥川龍之介の死」のように、文学史における事件だった芥川龍之介の自殺を分析し、そこに女性問題も絡めて論じる独特の作家論を繰り広げた作品もある。

 ただ、ジャンルこそ多彩だが、根底には格差や貧困への怒りであったり、欲望であったりといった人間の強い感情があることを、どの作品でも描こうとしていたところがあるようだ。『松本清張はよみがえる』での「天城越え」の紹介には、「少年時代に「峠」を越えることができず、社会の下層を生きてきた若者たちの「暗い青春」を描いた」犯罪小説とある。「砂の器」の紹介には、「松本清張の人間観や社会観が総合的に展開された長編小説」とあって、事件の容疑者とされる人たちの出自や経験からくる情念をすくい上げた作品といった印象をもたらす。

 そして、2014年に刊行された小説で、渡辺謙主演で映画にもなった吉田修一の『怒り』と関連付け、「長崎の酒屋に生まれ、工業都市で労働者と身近に接しながら育った吉田修一は、成長と同様に「経済成長の影」を歩んできた人々の「感情の訛り」をすくい上げるのがうまい」と評している。『松本清張はよみがえる』ではそれぞれの作品紹介で、こうした現在の小説を合わせ論じていて、松本清張が作品にこめた問題意識が、現代も有効であることを示している。

 松本清張が今も、というより格差と貧困が社会問題となり、未来へのぼんやりとした不安がぬぐえない今だからこそ読まれるべき作家だという意味合いが、こうした指摘から感じ取れるだろう。

 このことは、松本清張が昭和史を題材に書いたノンフィクションについても言える。保阪正康の『松本清張の昭和史』は、『昭和史発掘』と『日本の黒い霧』という、松本清張が昭和の時代に起こったさまざまな事件について資料を集め、証言を得ながら想像力をめぐらせ真相に迫った著作を紹介。そこから、松本清張が自分の生きてきた時代に何が起こったかを検証することで、後の時代にどのような影響が及んだかを知ろうとして、数々の事件に挑んでいったかを伺わせている。

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