量子力学はなぜスピリチュアルや自己啓発に都合よく使われる? スピリチュアルウォッチャー・雨宮純に聞く

量子力学を謳う「擬似化学」を考える

19世紀後半から唱えられ続けている説

ーー量子力学を絡めつつそういった言説を流行らせている人には、どのようなタイプがいるんでしょうか?

雨宮:まず一つには、「量子力学コーチ」という人がいますね。

ーーコーチ! 量子力学をコーチするんですか……?

雨宮:実際にその手のコーチが主張していることといえば「夢を具体的に書き出せ」「声に出して潜在意識に働きかけ、ステップを踏んで頑張れ」とかなんですが。例えば量子力学コーチの肩書きでいくつか著作も発表している有名な方がいるんですが、こういう人って癒し系スピリチュアルどっぷりというよりかは、「言うこと聞いてれば現実的な効率や利益を得られるぞ」という感じなんですよね。基本的な考え方がナポレオン・ヒルのような伝統的自己啓発と同じで、そこに量子力学を入れ込んでいる。公式写真もスーツを着た爽やかな表情の写真で、「インドのグル」というよりはエリートサラリーマン感があります。

ーー確かに、現世的な功徳がありそうな雰囲気ですね。

雨宮:似た感じだと、海外で言うところのモチベーショナルスピーカーに近い雰囲気で活動する方もいます。アムウェイのセミナーとかに出てくるタイプの自己啓発系スピーカーなんですが、この人の本って表紙がけっこう普通のビジネス書っぽいんですよ。まあ、手首に数珠みたいなのをたくさん付けてるし、見るからに胡散臭い感じではあるんですが。量子力学がらみで一番たくさん見るのは、このタイプの人ですね。

ーーは~、本当にいろんな人がいますねえ……。

雨宮:「量子力学アドバイザー」の人もいます。アドバイスって言われてもどうするんだって感じですけれども……。量子力学を使ってどうやって人生を切り開いていくか教えてくれるらしいんですが、この人は自分のブログもピンクっぽい色が多くて、手相・人相を見たりとかでかなりスピっぽい感じですね。ちょっとゆるふわでおまじないチックな感じというか。

ーーすごい。さっきまでのビジネスっぽい感じとはまた全然違う。

雨宮:この「量子力学アドバイザー」というのは、55000円払って3時間授業を受ければ取れる資格らしいんです。つまり、アドバイザーから認定を受けると自分もアドバイザーになれる。クローンを増やすようなものですよね。で、自分も同じようにセミナーを開くと儲かるっていう。情報商材屋と同じ仕組みです。似たようなもので自分が知っているところだと、量子力学と同じように神道も流用しているセラピーもあります。ここはかなり政治色が強くて、むちゃくちゃ保守的です。勾玉などをアイテムとして使っていて、「このアイテムが潜在意識に働きかけて、量子力学的な感じで『現実を創造』して~」とか、別に何にでも量子力学はこじつけられる。やってることは昔ながらの資格商法ですが。

ーー頭痛くなってきますね。

雨宮:カプラみたいに東洋思想と現代物理学の類似を指摘してた人たちから何世代か経て、オマージュにオマージュを重ねた状態になってるんですよね。最初の方の人たちと同じことをやってもウケないから、勾玉と保守の要素をつけました……という感じになってます。強く意識しているわけではないと思いますが、勾玉や保守要素でターゲット層を絞っているともいえます。ナショナリズムとスピリチュアルが合体したものは、日本ではとてもウケがいいですから。そこに気持ちよさを感じる層に刺さるようになっています。ニューサイエンスを提唱していたカプラも、ここまで俗っぽいものになるとは思っていなかったでしょうね。一応真面目に学問として、東洋思想と物理学の類似を指摘してた人ですから。

ーーでしょうねえ。お話を聞いていて、量子力学は現代のスピリチュアル商売の味付けとして都合よく使われていることがわかりました。

雨宮:スピリチュアルと言っていますが、要は「超自然的な力でなんでもうまくいく」という発想・信仰が根っこにあって、そこに「うまく行かせるためには私の言うことを聞いてその通りにすればいい」という指示を被せてくるというのが根本的な仕組みです。量子力学を筆頭にこの仕組みを味付けするための出汁が色々とあって、それをうまく組み合わせればオリジナルのスピ商売ができちゃうんです。定番のフレーバーとしては神道とか宇宙人とか引き寄せとかですよね。他にも占いから引用したりとか。スパイスとして勾玉とかを加えてる。

ーー出汁ですか。

雨宮:ほんと、「鰹節をベースに昆布を加えました」みたいな感じですよ。少し前に「子宮系」というスピリチュアルのムーブメントがありましたが、あれもベースの上にオリジナル要素として子宮を入れて、さらに神道系の味付けを加えた感じですよね。子宮っていうみんながギョッとするオリジナル要素が目を引いて爆発的にヒットした。そういうスパイスがあると、「新しいラーメン屋ができたぞ」くらいの感じでスピリチュアルが好きな人たちが見にくるわけです。

ーーなるほど……量子力学はラーメンで言えば「家系」とか「淡麗系」みたいな定番フレーバーなわけですね。しかし、この感じだと当分量子力学がスピリチュアルや自己啓発と結びついてしまっている状況は変わらなさそうですね。

雨宮:今後も都合よく使われ続けるでしょうね。19世紀後半のニューソートの頃から「思考が現実を変えますよ」という話が唱えられ続けているのは、多分この発想が人間の脳にハマりやすいからだと思うんです。量子力学はこの発想と相性がよすぎるので、廃れることはあまり考えられないです。あとはとにかく「科学」と組み合わさっているのが強いんですよ。「科学的に証明されている」ということの力が、日本では聖書とかよりよっぽど強い。神道と比べるとどうかわからないですが、少なくともその辺の新宗教よりはよっぽど強いですよね。信仰が薄い現代の日本では「これはすごい」と信じさせるには「昔の人がやっていたからすごい」か「科学でやってるからすごい」くらいしか類型がなくて、量子力学って言っておけばそのうち片方を自由に使えるわけだから、やっぱり強いですよ。

ーーそう聞くと、確かにまあしばらくは消えないだろうな……という気がします。

雨宮:物理学者が本来の量子力学を普及させないと、負けちゃいそうなんですよね。そもそも量子力学を騙っている自己啓発やスピリチュアルはまともな学者からすれば馬鹿馬鹿しいはずで、なんで物理学者がそんなことやらなきゃいけないんだって言われたら何も言い返せませんが。とはいえ自己啓発と同じくらい科学の記事が人々の関心を集められているかというとそうではない。科学には「人生を変える」ナラティブが薄く、シンプルに人々に快楽を与えられるわけでもないので、ある種の消費の対象として世間に広まる力という点ではやはり不利だと思います。

ーー量子力学を語ったよくわからない自己啓発やスピリチュアルに騙されないためには、どうしたらいいのでしょうか?

雨宮:正直、ちょっと騙されるのは仕方ないと思うんです。「気の持ちようで世の中変わって見えますよ」という程度なら、気分が変わる程度で別に害もありませんし。でも、それで金が儲かるとかモテるとか、ギトギトした自己実現を推してくるようなら、ちょっと気をつけたほうがいいです。でも、向こうのやり方も巧妙なんで、「ここで金を出しておかないと!」という気持ちにさせられちゃうんですよね。とにかく金か時間を出せって言われたら警戒するに越したことはないですね。

ーー確かに、金を要求されたら警戒しろというのは正しいと思います。

雨宮:あと、ネット上での情報発信を手伝ってしまうというのもよくないですね。向こうの商売に多少なりとも加担したことになってしまうので、なんらかのトラブルに巻き込まれないとも限らない。僕らはウォッチャーとしてこういった人たちの動向をよく見ていますが、認知がバグっちゃってウォッチャーが取り込まれることもやっぱりあるんですよ。なんか突然変なことを言い始めて「それをRTするのか」みたいな内容のポストをRTすることもあります。

ーーウォッチャーという自覚があっても、やられるときはやられるんですね。

雨宮:相手は馬鹿馬鹿しいことを言ってるようにしか見えないから舐めがちなんですけど、そうしてると本当にまずい問題につながったりします。だからあんまり甘くも見られない。基本的には近づかないのが一番です。ウォッチャーとかいって適度に距離を保ちながら楽しめているのは一部の人だけで、あんまり深掘りするのはオススメしません。僕だっていつ狂うかわかりませんが、その辺りには気をつけたいと思います。

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