教養系テレビ番組の批評性とは? NHK Eテレ プロデューサー・秋満吉彦インタビュー「鋭さとエンタメ性を保ちたい」

『100分de名著』秋満吉彦Pインタビュー

なにかに導いてくれる批評がなくなることはない

――秋満さんは『行く先はいつも名著が教えてくれる』(2019年/日本実業出版社)、『「名著」の読み方』(2022年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、名著に関する本を出されていますが、昨年刊行の『名著の予知能力』は、名著を通して現代社会を考える内容で、以前の本より批評性が高いと思いました。

秋満:以前はビジネス系の編集者から声をかけられることが多く、サラリーマンが元気に仕事にとりくめる要素を入れてほしいと自己啓発的な内容を求められることが多かった。でも、幻冬舎の竹村優子さんから依頼をいただいた際、僕は自己啓発寄りの提案をしたんですが、そうではない方向に引っ張ってくれたんです。名著を読むと現代社会をここまで映していたのかと戦慄することがある。新書の相談をするうち、番組の舞台裏で感じてきた『名著の予知能力』をテーマにするのはどうでしょうとなって、もともと僕はそういうことが書きたかったので、ありがたかったです。

――最近は批評というものへの風当たりが強くなりましたが、そうしたなかで『100分de名著』のような番組を作る難しさとは。

秋満:「俺が好きなものに面倒くさい理屈をつけるな」という人はいますし、原典自体を楽しむのが一番基本だとは思います。ただ、より深くへ行ける、なにかに導いてくれる批評がなくなることはないし、それこそ僕らの社会が育てていくべき分野でしょう。

 実は『100分de名著』には批評的な部分をすごく入れているんです。『名著の予知能力』に名著は現代を読む教科書だと書きましたが、名著に目を通すと現代社会の歪みやまずい部分が、自分の生き方も含め見えてくる。毎回そういう角度を打ち出しています。でも、あまり批評とはとらえられていない。伊集院光さんのキャラクターもあって、得をしているところがあるんです。面白がって自分の解釈をいれたり楽しそうにやっているから、面倒くさい理屈を立てているとは受けとられない。実際は深いところを掘ったり、社会を批判する部分がある。そこはやり方次第かなと最近は思っていて、切っ先の鋭さは保ちつつエンタテインメント性を持たせることを考えています。

 批評って一方的な批判になりがちですけど、そうではなく対象に近づき批判をしつつ可能性を引き出す営みだと思います。「批評」という言葉はウケがあまりよくないので、呼び方にこだわらなくてもいいかなとも感じますが。

――秋満さんはテレビを通じて読書の楽しみを伝えているわけですが、電子書籍もだいぶ普及しています。読書環境の変化をどうとらえていますか。

秋満:読書の手段の多様化には肯定的ですし、僕はAudibleを歩く時など移動時間に使っています。耳で聞くとやはり本のとらえ方が変わるんです。なかには、聞くだけではよくわからないものがあって、劉慈欣『三体』は、漢字がないと人物名がすっと入ってこなかったり(笑)。でも今、遠藤周作『白い人・黄色い人』を寝る前の夜中に聞いているんですが、イメージの増幅力や心に侵襲してくる感じが、活字より強度が高い時があって怖くなります。昨今はYouTubeやTikTokなど映像コンテンツにむかいがちですけど、意外と音声だけというのは強い。だから、未だにラジオがなくならないし、ポッドキャストなど音声メディアには豊かな可能性がある。僕らもラジオ特番『101分目からの100分de名著』を2回やって、けっこう好評でした。

 また、Kindleなら旅先に本をたくさん持っていかずにすむ。紙と電子と両方役割があって、絶版になった本が電子書籍でまた読めるようになるのは素晴らしいし、共存共栄していけばいい。

カミュ『ペスト』(新潮文庫)

 一方、『100分de名著』はそれを目指してはいないのですが、タイパ的と思われているふしがある。YouTubeなどに名作が簡単にわかりますといった動画がありますけど、出来の悪いやつは本当に簡単なあらすじだけになっています。わかった気になる、何倍速で見るという流れだけではよくないでしょう。歩く速度でゆっくり味わうことでしか見えない風景は、絶対あります。カミュ『ペスト』は大好きな作品ですけど、番組では主人公中心の話にならざるをえない。僕にはサブキャラがとても面白いんですが、なかなか触れられない。同作に関し、講師を担当したフランス文学者の中条省平さんとゲストの思想家・内田樹さんが出演した最終回では、面白い話がまだつまっているので、これだけで読んだと思わないでくださいと、2人が口をそろえ強調していました。インスタントな理解は要警戒だと思います。

――10年以上、名著の番組をやってきて、名著に関する考え方は変化しましたか。自身の人生を大きく変えた本は。

ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』(みすず書房)

秋満:そのような本は3冊あって、エンデ『モモ』、フランクル『夜と霧』、岡倉天心『茶の本』です。僕はかつて、名著を読むのは個人的な体験だと考えていました。でも、以前『100分de名著』に出演していた島津有理子さんが、番組で紹介した神谷美恵子『生きがいについて』に感銘を受けたこともきっかけの一つとなり、アナウンサーを辞めるという出来事がありました。彼女は小さい頃に医者になりたかったけれど、女性がなるのは大変だと親にいわれ夢を封印した。でも、同書をきっかけに、今ならギリギリ間にあうかもしれないと、アナウンサーを辞めて大学へ通い、医師になった。そのニュースを目の当たりにして、本が人生を変えることがある、人に与える影響は計り知れないと、覚悟を持って番組に臨まなければいけないと自分を戒めるようになりました。

――今後、番組でとりあげたいものは。

秋満:スペシャル版ではあつかいましたが、レギュラーで1作のマンガを100分読むことはやりたいですね。また、今年3月の最終週に石垣りんさんをあつかいましたけど、詩や俳句も本格的にやってみたい。Eテレには俳句や短歌の番組がありますけど、それらは投稿を募る内容なので、現代の詩、俳句や短歌の名作を深く読む回を作りたい。企画を通すのは大変でしょうが、チャレンジしたいです。

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