みのミュージックが“日本の音楽通史”を編み上げた理由 「ここを出発点にして、集合知を歴史観につなげたい」

みのミュージックが“日本の音楽通史”を編み上げた理由

 YouTubeチャンネル「みのミュージック」で独創的な音楽批評を展開している音楽評論家/動画クリエイター・みのが3月、新著『にほんのうた 音曲と楽器と芸能にまつわる邦楽通史』(KADOKAWA)を上梓した。

 前作『戦いの音楽史—逆境を越え世界を制した20世紀ポップスの物語』に続く本作『にほんのうた』は、謡、雅楽、歌舞伎、唱歌、演歌、軍歌、歌謡、JPOP、アイドル、ゲーム、着メロ、ボーカロイドなど、日本で起こった音楽の成り立ちを時代を追って考察。ありそうでなかった“日本の音楽の通史”を浮き彫りにする一冊だ。

 「発売前から炎上したり、良くも悪くも疑いの目を向けられてますね」と、反響について冷静に語るみのに、本書の執筆動機や狙い、日本の音楽に対する思いなど、じっくり語ってもらった。(森朋之)

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ひょっとして、音楽の歴史を一気通貫できる本って存在してないのでは?

——前作『戦いの音楽史—逆境を越え世界を制した20世紀ポップスの物語』は、主に20世紀の洋楽の変遷をテーマにした作品。大きな反響を集めましたが、みのさん自身の手ごたえはいかがですか?

みの:できるだけ間口を広く取っているし、洋楽の概略を知りたいという方にとっては最適な内容になっていると思います。もともと僕は「YouTubeクリエイター」というカジュアルな立ち位置だし、動画の副読本、補助線になっていたらいいなと。また誤解を恐れず言うと、この本で実績を作って、本当に書きたい本に取り掛かりたいという気持ちもありました(笑)。

——なるほど(笑)。『戦いの音楽史』の巻末で、日本の音楽の通史を示した本の必要性を明記していて。それが今回の新著『にほんのうた 音曲と楽器と芸能にまつわる邦楽通史』につながった?

みの:そうですね。YouTubeチャンネル「みのミュージック」を立ち上げたのが5年前(2019年1月)で。当初は音楽評論なんて大げさなことは考えてなかったんですが、活動の領域がそっちに近づいていくにつれて、「ひょっとして、音楽の歴史を一気通貫できる本って存在してないのでは?」と思い始めたんです。それがリスナーにも作り手にも共有されていないのはまずいんじゃないか。サブスクが主流になり、世界に向けた扉が開いている状態なのに(日本の音楽の歴史を示す本がないのは)危ういなと。

——日本の音楽が海外のリスナーに聴かれるようになったのに、邦楽の歴史が示せないのはよくない、と。

みの:はい。たとえば浮世絵もそうですけど、よそ様(海外)が褒めてもらって、初めて「こんなに素晴らしいものだったんだ」と気づくパターンがあるじゃないですか。音楽でいうと「シティポップの楽曲が海外のアーティストにサンプリングされてうれしい」というところで止まってる気もしていて、通史がわかる本を出すことで、その状況が少しでも変わるといいなと思ってます。……と、こんなこと言ってますけど、僕もこの本を書き始めるまで知らなかったことがたくさんあったんですよ。いちばん重要なのは西洋の音楽が入ってきた明治期。もともとは国主導で、はっきり言うと戦争のために取り入れたんですよね。

——軍隊の近代化のために、マーチのリズムや管楽器が必要だった。

みの:そのあたりの流れは邦楽の歴史の基礎教養として認知されるべきだと思います。明治期の日本の音楽の研究は、ここ数年で急激に進んだんです。特に2020年に出版された『近代日本の音楽百年』(細川周平著、岩波書店)が大きかったんじゃないかなと。

——みのさんは本著のなかで「にほんのうたは、政治によってリセットされた」と記しています。「邦楽はすべて五線譜で説明が可能だ」と結論づけてしまったことで、民謡や三味線などの邦楽ならではの音程が“ないもの”にされてしまう。しかも、それが今現在の日本の音楽にも影響を与えているというのは驚きでした。

みの:日本的な音階と西洋的なメロディがガッチャンコしている状態が等身大というか、我々にとってのリアルですからね。たとえば絵画の場合は、明治以前の日本画と西洋的な絵画がわりと簡単に継ぎ木できた感じがあるんです。遠近法の表現などにも上手く順応して、ディズニーなどの影響もあって、マンガにつながっていくという流れがある。音楽はそのあたりがチグハグで、国主導で進んでいったり、民衆からの揺り戻しがあったりして、行ったり来たりしながら進んできたんですよね。音楽は身体的な要素もあるし、言語(歌詞)も大きな部分を占めるので、新しい感覚を一気に取り入れるのが難しいのかもしれません。

——明治初期の音楽教育を取り仕切った文部官僚・伊澤修二の「“ファ”の音程が取れなくて泣いた」というエピソードも印象的でした。西洋的な音階を取り入れる難しさもわかるし、なんだか切ない話だなと……。

みの:そうですよね(笑)。これは僕の憶測なんですけど、当時の日本人には“ミ”が少しフラットする傾向があったみたいで、それってちょっとブルースに似てるんですよ。ブルースギタリストもクォーターチョーキングをよく使うし、(“ミ”がフラットする感覚を)うまく使うことができていれば、「日本の音階ってクールだよね」ということになったかもしれない。“たられば”になっちゃいますけど、歯がゆさも感じますね。

——とっくの昔に「日本の音楽はクールだ」と評価を得ていた歴史もあり得た、と。日本のリスナーがグッとくるメロディは、今も昔も変わっていないような気もします。

みの:形を変えて残っているんだと思いますね。「カチューシャの唄」の“ララ”(※)がスピッツの「ロビンソン」の“ルララ”につながっているという説もあるくらいなので。

※「カチューシャの唄」(1914年)は、日本的な“ヨナ抜き音階”と西洋音楽の形式を融合させた楽曲。歌の途中で囃子言葉のように“ララ”という歌詞が入る。

そろそろ“J-POP”に代わる言葉が出てきてもおかしくない

——「みのミュージック」でも語ってらっしゃいましたが、「にほんのうた」を執筆するにあたって膨大な資料に当たったそうですね。

みの:総当たりですね(笑)。ジャンルによって資料がすごく少なかったりするんですよ。たとえばレゲエがそう。まず国内の専門誌が2誌くらいしかなくて、バックナンバーを全部揃えました。音楽ライターの大石始さんが書かれた書籍も参照させていただきました。ラウドロックに資料も少なくて、かなり大変でしたね。ヒップホップはなぜか対談形式の資料が多いんですよ。「Aさんはこう言ってるけど、Bさんは違う」みたいなこともあって。

——諸説が入り乱れている状態なんですね。

みの:そうなんです。「いとうせいこうさんや近田春夫さんが日本のヒップホップをはじめた」という話をよく聞くと思うんですが、佐々木士郎さん(宇多丸/RHYMESTER)がある書籍で「あの人たちが言ってることは偽史」という趣旨のコメントをしていて。

 じつは原宿のホコ天で活動していた連中がいて、それがB BOY PARK(1997年〜2017年まで代々木公園・野外ステージで行われていたヒップホップ・イベント)につながったと。それは現在のラップバトルにもつながっているし、説得力があって。ただ、本のなかでは両論を併記しています。僕はどちらの説が正しいと決定を下す立場にはないし、そこはニュートラルでいたいなと。

——なるほど。ロックに関しては資料も豊富だし、研究も進んでいるので書きやすい面もあったのでは?

みの:かなり書きやすかったですね。なのでロックについては“通説を疑う”みたいなことを自分なりにやっています。はっぴいえんどを中心にした、いわゆる「日本語ロック論争」もそう。当時の音楽雑誌を入手して読んだんですが、「これはオタクたちがチマチマ言い合ってただけで、取り上げる価値はないな」と。そもそも日本語のロックはGSなどでも既にやっていましたからね。

——確かに。GSと言えば、ザ・タイガースのメンバーとしてデビューした沢田研二への言及も印象的でした。「歌謡の枠のなかで自己表現の欲求のようにロックの反骨精神を見せた、稀有な存在ともいえる」と高く評価しています。

みの:沢田研二はあの時代において、シンプルにいちばん売れた人だし、広く国民に親しまれたアーティストだから、しっかり位置付けをするべきだなと思ったんですよね。PYG(沢田研二、荻原健一のツインボーカルによるロックバンド)での挫折を経て、歌謡の秩序のなかでロック的な表現を最大の形で成し遂げた人だなと。そういう意味では桑田佳祐さんと好対照なんですよね。

——桑田佳祐に対しては、「歌謡秩序のなかで持続可能な活動姿勢を打ち立てることに成功した」と称しています。

みの:サザンオールスターズはロックバンドでありながら、歌謡を脅かさない枠を見つけたんだと思っています。本のなかでも書きましたが、サザンのスタイル、桑田メソッドはBOOWYやKing Gnuにまで受け継がれているんじゃないかなと。このあたりは自説なんですけどね。何か所か自説を組み込まないとストーリーがつながらないところがあって。感覚としては野球の盗塁に近いかもしれないです(笑)。

——リスク前提にして、力業で話を進めるといいますか。

みの:そのあたりは確信犯的にやっています。そこまで突飛なことは書いていないと思いますけどね。

——第七章「J-POPと“日本のポップス”のゆくえーー平成時代」では、日本のポップスがJ-POPと呼ばれるようになって以降の流れを詳細に追っています。みのさんは今現在、「J-POP」という言葉をどう捉えていますか?

みの:アンビバレントなところがありますね。(日本のポップスの名称は)戦前は“流行歌”、昭和は“歌謡曲”、平成からは“J-POP”と移り変わり、名前が変わると装いが新たになるという不思議な傾向があって。耐用年数というか、サイクル的にはそろそろ次の名前が出てきてもおかしくないんですけど、今は海外でも広まりつつあるし、K-POP、T-POPなどとの比較、地域的な特徴を表すという意味では、このまま使っていてもいいのかなと。

——もともとはFMラジオ局の「J-WAVE」が提唱したネーミングですが、完全に浸透してますからね。

みの:簡単に言うと「日本のおしゃれな音楽をJ-POPと呼ぶ」ということだったと思うんですが、気づけばCDショップの邦楽アーティスト売り場がJ-POPコーナーになり、浜崎あゆみとかもJ-POPになった時点で意味が変わってきたんですよね。本のなかでも書きましたが、J-POPは結果的に、演歌や歌謡を切り離す行為だったんですよ。昭和歌謡的な濃い部分が時代に合わなくなってきたから、そこを切り離してしまおうと。ただ、じつは演歌も西洋的な音楽をもとにしているので、歴史がネジれてしまってるんですけどね。

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