キュレーターの存在なぜ注目される?『現代美術キュレーター10のギモン』難波祐子氏に聞く、アートの本質

難波祐子氏に聞く、アートの本質

■キュレーションスキルは社会に役立つのか

ビジネスパーソンがキュレーターの体験やアートに触れることでみんな目を輝かせて取り組む姿があると話す。

──キュレーションスキルは、ビジネスで役立ちますか?

難波:私は現在、大学で社会人にも向けて開講しているキュレーションにかかわる授業を担当しているのですが、実はたくさんのビジネスパーソンが受講を希望してくるんです。意外な気がするのですが。

──その理由はなんでしょう。

難波:社会人と大学生がチームとなって有楽町の街なかで展覧会を行う授業をやったのですが、現代美術のアーティストと一緒に作ることは、社会人の方々にとってかなり刺激的な体験だったようです。どこまでがキュレーターの裁量で、どこまでがアーティストの領域なのか……そのへんは戸惑いながらも、展覧会を作れたことがよかったと。みんな目をキラキラ輝かせて取り組んで、なかには有休をとって設営に来る方もいました。

──その経験がビジネスにフィードバックされる。

難波:そうでもありますし、単純に楽しいという理由もあるのではないでしょうか。この問題の根本には、日本の美術教育のあり方が関係していると思います。本物そっくりに「上手に」描きましょうとか、太陽なら赤く塗りましょう、みたいな古い時代の教育を受けてビジネスパーソンになった世代の人たちにとっては、「クリエイティブな思考でいい」というのは戸惑いつつも楽しいことなんだと思います。

──アートですら、決められたことに従うように教育された影響もあるのでしょうか。

難波:たとえば、金沢21世紀美術館は、明確な順路表示がないんです。ただ、順路表示がないとお客さんからクレームがくることもあるそうで。日本人は順路を示してくれたほうが安心するのかもしれません。歴史の授業を例に挙げれば、年号を一生懸命暗記させる日本の教育に対して、第二次世界大戦がなぜ起こったのかなどを考えさせるのが欧米式。日本も徐々にアクティブラーニングになってきていますけど、美術に関していえば、自分で考えて判断するきっかけとして展覧会があると思うし、キュレーターはその機会を創出する触媒的な役割(ミディエイター)を担っていると思います。

──社会におけるアートの役割はありますか?  たとえば災害時など。

難波:難しい問題ですね。震災もコロナ禍もそうですが、悲惨な事態にどう対応するかはアーティストでも意見がわかれるところだと思います。すぐ現地に行ってアクションをおこす人もれば、しばらくは何も考えられない人もいる。坂茂さんが阪神・淡路大震災をきっかけに、災害者支援として段ボールで仮設住宅を作りましたが、建築家やデザイナーなどプラクティカルなクリエーションをしている人のほうが現場にすぐ対応できるのでしょう。コロナ禍ならマスクをデザインするとか。

──実用的なことなら行動に移しやすいです。

難波:ただ現代美術は、ある程度抽象化していくプロセスがないと距離が近すぎて……。すぐに役に立つようなものではないと思います。コソボ紛争のときに、現地の難民キャンプに行って子どもたちと一緒に絵を描くワークショップをする活動がありましたが、基本的にはアートの力で何かをやろうというのは短期的にはなかなか難しいと感じています。

──何かしらメッセージを伝えるのも難しいですか?

難波:世の中が危機的な状況にある時にアートになんらかのメッセージを込める活動は、一歩間違えればプロパガンダとなってしまう危険性をはらんでいます。もちろん、政治的なアートがいけないわけではなく、必要なときには必要な手段としてやるべき。特に現代美術のアーティストは境界線に挑んできた歴史があり、そこは否定するつもりはありません。ただやり方を間違えると、第二次世界大戦中のナチズムのように極端なナショナリズムに加担するなど、危険をはらんでいるのも確かです。アートが役に立たないとは言いませんが、役に立つように使い過ぎるのも問題だと思っています。そういう意味では、適度な距離感というものを取りづらいのがアートの特性なのかもしれません。

■最後は直感を信じる!

──キュレーターの視点から、アートの楽しみ方のアドバイスを。

難波:直感を信じる(笑)。心を開いて、直感に従ってほしいですね。

──アートを「理解できる・できない」はさほど気にしなくていい?

難波:はい。アートってすぐに結果が出るものではないんです。観た瞬間に感動するときもありますけど、10年してからふと思い出して理解できることも。好き嫌い関係なく、心にどこかひっかかりがあれば、やがておりが溜まっていくように、腑に落ちることがあります。

──まずは展覧会に足を運んでほしいということですね。

難波:ピピっときたら、迷わず行ってみたほうがいい。会期が短い展覧会もありますし。面倒ですが、展覧会は足を運んでいかないと観られないですし、無理して行っても後悔する可能性もありますけど……それすら楽しんでほしい(笑)。アートはたくさん数に触れるのが大事。経験値が積まれ場数を踏んでくると、直感も磨かれていくはずなので。

──直感が磨かれる。それこそアートから学べるスキルかもしれません。

難波:私もキュレーターとして直感を重視しています。たとえば2枚の同じような絵があって、どちらかを展示しなくてはいけないときは、最後は直感で選びます。私自身は、たくさんの展覧会を作れるタイプのキュレーターではないので、生涯10本でも納得できる企画ができたらいいと思っています。ピカソみたいにたくさん描く画家もいれば、フェルメールみたいに作品が数十作しかない画家もいる。それぞれのやり方を貫いていけばいいと思います。

難波祐子(なんば・さちこ)


キュレーター。NAMBA SACHIKO ART OFFICE代表。東京藝術大学キュレーション教育研究センター特任准教授。東京都現代美術館学芸員、国際交流基金文化事業部企画役(美術担当)を経て、国内外で現代美術の展覧会企画に関わる。 企画した主な展覧会に「こどものにわ」(東京都現代美術館、2010年)、「呼吸する環礁―モルディブ-日本現代美術展」(モルディブ国立美術館、マレ、2012年)、「大巻伸嗣 – 地平線のゆくえ」(弘前れんが倉庫美術館、青森、2023年)など。また坂本龍一の大規模インスタレーション作品を包括的に紹介する展覧会(2021年:M WOODS/北京、23年:M WOODS/成都、24年:東京都現代美術館)のキュレーターを務める。札幌国際芸術祭2014プロジェクト・マネージャー(学芸担当)、ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014キュレーター。著書に『現代美術キュレーターという仕事』、『現代美術キュレーター・ハンドブック』『現代美術キュレーター10のギモン』(すべて青弓社)など。

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