町田そのこ×小野花梨『52ヘルツのクジラたち』対談 「生きている限り、人はみんな大なり小なり孤独を抱えている」

『52ヘルツのクジラたち』対談

町田「トライ&エラーのくりかえしでしか、人は他者に寄り添うことはできない」

小野:この人は大変な状況にあるから助けなくてはいけない、ではなくて、目の前にいる大事な人が苦しんでいる、それを解消するためにはどうすればいいんだろう、と考えることが必要なんだろうなあ、と思います。

町田:いろんな状況にある方のことを、本を読むなどして知ることももちろん大事ですし、言葉を知ることで対応できることはたくさんあります。でも、まずは向き合いたいと思っている人にかけるべき言葉、とるべき態度を、一歩か二歩ひいて考え、タイミングをはかりながらあらわしていく、というのが大事なんですよね。私自身、言い方を間違えたなとか、よかれと思ってしたことなのに誤解されちゃったなとか、失敗することをはたくさんありますし、反省と後悔の日々をくりかえしていますけど、だからこそ、次に同じ状況が訪れたときにはどうするべきか、シミュレーションすることができる。自分のネガティブな部分すら物語に反映させることで、改善の一途をはかることができる。トライ&エラーのくりかえしでしか、人は他者に寄り添うことはできないんじゃないのかなあ、と。

小野:だからなのかな。町田先生の小説は、本当に、私の心にいつもぴったり寄り添ってくれて……。どの作品も、母親の描き方がとくに印象に残っているんですよ。というのも私は、家族愛とか母性とか、どうしても美しく描かれがちなものに対して昔から懐疑的なんです。母親や家族関係に葛藤を抱えていた時期も長かったから、美しすぎる物語に触れると「物語としては素敵だけど現実はこうもいかないよなぁ」と落ち込んでしまうところがあったんです。でも町田先生の小説は、「そんなにいいものばかりじゃない」というみんなが見たくないところも描きながら、そのうえで希望や愛情のかけらを与えてくれるような描き方がされていて、心に刺さるんです。町田先生自身も、そういうご経験がおありだから、親子関係を描くことが多いんでしょうか。

町田:というよりも、私自身が母親になったからだと思います。最初の子どもを産んですぐ、十数キロしか離れていない隣町でドラム缶に赤ちゃんが捨てられていたというニュースが報じられたんですね。年が明けてすぐたばかりで、雪が降るほど寒い日で、当然、その赤ちゃんは亡くなっていた。対して私は、産んだ子どものあまりの小ささに、並んで寝ていても寝がえりでつぶしてしまうんじゃないかと不安になるほどで。なぜか突然死症候群について調べ始めてしまい、鼻の下に指をあてて呼吸を確認しては生きていることを確認する、みたいな日々だったんです。そんな、懸命な想いで見守られている我が子と、ドラム缶の赤ん坊の命に、いったいなんの差があるんだろうと思ったことが、『52ヘルツのクジラたち』を書いたきっかけでした。

小野:そんなことが……。

町田:今も娘が成長するたび、あのドラム缶で亡くなっていた赤ちゃんを思い出してしまう。母親ってなんだろう、私はどういう母親になりたいんだろう、と考えずにはいられないんですよね。捨てなきゃいいのかといえばそうではなく、愛情過多によって子どもを追い詰める親もいるわけじゃないですか。毒を孕んではいるけれど、基本的にはいい親だという人もいる。実際、私は母親と良好な関係を築いていますけど、何一つ屈託がないかというと、そうではない。私よりも閉鎖的な考えで、女の子は家から出ちゃいけない、たいした学歴はいらないんだと言いつつ、いつでも離婚できるよう手に職をつけておきなさいよ、なんて矛盾したことを言う。一生懸命書いている小説を「あんたみたいな子が書くものが本当に売れるの? 家庭を優先すべきじゃないの?」と言われていた時期もありました。

――毒親というほどでひどくはないし、基本的に関係は良好だけど、傷つけられたことが今でも癒えない、という人は少なくない気がします。

町田:そうなんですよね。小さくても何度も刺されているうち、じわじわ蝕まれていくものがある。ただ、北九州に住んでいる私が仕事のため東京に来られるのは、母が子どもたちの世話をしてくれているからなんです。感謝していますし、世間から見て「いいお母さん」はどちらかといえば、子どもをほったらかして東京に来る私より、家庭を第一に考える私の母のほうかもしれない。娘としての自分の感情と、娘から見た母としての私とをいったりきたり考えながら、その関係について考え続けていることは、小説家としての一つのテーマになっていますし、物語の主軸でなくとも、今後も作品の中には滲み出るんじゃないかと思います。

小野:幼少期からの環境と経験って、人格形成にものすごく大きな影響を及ぼすじゃないですか。大人になった今、母に対する気持ちが昔よりは整理できた今も、「なんで私はこういう考え方なんだろう?」などと自己を見つめるたびに、原点はそこにあるんだ、ということを突きつけられる。そこから逃れられずにいる自分のことも、いやになってしまう。でも、町田先生の小説を読むと、そう言う自分が救われたような気持ちになれるんです。

町田:それを聞いて、ホッとしました。私なりに考え抜いて書いていることが、ちゃんと誰かの心に届いているんだ、と知れることが、作家としても励みになります。『52ヘルツのクジラたち』で私が書きたかったのは、最初は集団のなかにある孤独だったと思うんです。でも、教室のまんなかで笑っている人は孤独じゃないのかといえば、そうじゃない。みんなと同じヘルツで会話しているように見えて、実は誰にも届かないとあきらめて、想いを胸に秘めている人も、きっといる。その苦しみに光が差すよう、想像する力をもちたい。改めて、そう思います。

■作品情報
『52ヘルツのクジラたち』
3月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー 
出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李
監督:成島出
原作:町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)
主題歌:「この長い旅の中で」Saucy Dog(A-Sketch)
2024年|日本|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|136分|配給:ギャガ
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
公式ホームページ:https://gaga.ne.jp/52hz-movie/

ストーリー
ある傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家に移り住んできた貴瑚。
虐待され「ムシ」と呼ばれる少年との出会いが呼び覚ましたのは、貴瑚の声なきSOSを聴き救い出してくれた、
今はもう会えないアンさんとの日々だったー

『52ヘルツのクジラたち』本予告 3月1日(金)全国ロードショー

■小野花梨 衣装
ワンピース・トップス/アンティパスト
スタイリスト:髙橋美咲(Sadalsuud)

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