町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』が描く日本社会 求められる「第6の絆」とは?

『52ヘルツのクジラたち』が描く日本社会

参考:トーハン調べ 2021年4月期 月間ベストセラー<総合>

 盛り盛りだな、と思った。雪崩が起きたように次々と重たい設定が、展開が続いていく。親からの虐待、心の傷を原因とした失語、妾だった祖母、ALSになった養父の介護、二股されたのを知ってなお愛人関係を維持、束縛とDV、LGBTQの問題、自殺と刃傷、誘拐犯扱い、縁もゆかりもない未成年を引き取ることの難しさ……ここまで登場人物たちを追い込むのは、どうにもならなくなった場合にあってほしいと願うような関係性を、著者が書きたかったからだろう。2021年4月の月間ベストセラー1位になった本屋大賞受賞作・町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』の話だ。

 前年受賞作の凪良ゆう『流浪の月』同様に、本作も、互いに家族に傷つけられた経験を持つ年の差のある男女が出会い、恋愛でも友情でも家族としてでもない、既存の言葉では言いあらわしがたい、シェルターのような関係を築いていくさまが描かれている。

 主人公は東京から大分の田舎にある亡き祖母の持ち家に引っ越してきた社会人の女性。といっても日中に働いている様子はなく、風俗嬢あがりでヤクザに刺されて引っ込んできたのではないかと噂されている。そんな彼女が、うまく言葉の話せない少年を母親からの虐待から守るために共同生活を始めることになる。

 性風俗勤務をしていたわけでもヤクザ絡みでもないがたしかに主人公は「ワケあり」で、その経験と過去の後悔に対する贖罪の気持ちがあるからこそ、傷ついた少年に手を差し伸べる。

こんにちでは、地縁・血縁ベースの共同体は解体され、友人関係も恋人関係も仕事の人間関係もきわめて流動性が高いものになっていて、なんでも打ち明けられるほど心を開いて相談できる相手を持つことが難しくなっている。ゆえに、心理的安全性が担保されやすく、深刻な悩みを吐露しても関係性が壊れにくい家族のほうが、若者が相談する相手として友人や恋人よりも上位にくるようになっている(石田光則『友人の社会史』晃洋書房)

 しかし、その家庭が崩壊している場合には、拠るべきところはほとんどなくなってしまう。

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