もう二度と読みたくないトラウマ漫画……ホラーの巨匠・日野日出志「蔵六の奇病」の本当の怖さとは?

日野日出志「蔵六の奇病」の本当の怖さ

 読書好きの両親の元に生まれた筆者の周りには、幼い頃から本や漫画がたくさんあった。寝る前は毎晩眠りに落ちるまで布団の中で漫画を読んで過ごした。たくさん読んだ漫画の中で、もう二度と読みたくないと本棚の奥に隠した作品がある。それが日野日出志の「蔵六の奇病」だった。

 1970年の『少年画報』に掲載された「蔵六の奇病」は、日野日出志の代表作。僅か40ページの短編だが、幾度にもわたる推敲の末、1年がかりで完成させたという渾身の作品である。簡単にストーリーを紹介する。舞台はどこかの田舎村。蔵六は絵を描くことが好きな純朴な青年だった。毎日景色や花や動物を眺め、絵を描いて暮らしていたが、兄からは疎まれ、村人からは「頭が弱い」と馬鹿にされている。ある日全身に七色の吹き出物ができる奇病にかかった蔵六は、伝染病を恐れた村人や家族により森の中のあばら家へ隔離される。病気はどんどん蔵六の身体を蝕み、吹き出物からは膿が流れだし、化け物のような外見になっていく。蔵六は、自らの身体に小刀を突き立て膿を出すと、その膿を使って絵を描きはじめる。蔵六が村へ降りてくることを恐れた村人たちは、蔵六を殺すために森へ向かう。しかし蔵六の姿は見つからず、代わりに美しい七色の甲羅を背負ったカメが現れる。カメは、死期が近づいた動物たちが集うといわれるねむり沼へ入っていき、二度と姿を現すことはなかった。

 幼い頃は、とにかくこの蔵六の見た目がトラウマだった。全身ドロドロに溶けたような膿に塗れ、餓鬼のように下腹部だけが異常に膨れ上がった蔵六は、絵だとわかっていてもグロテスクで直視できなかった。もちろん今見ても迫力があって怖いのだが、大人になって読み返すと、この物語の中で最も恐ろしいのは蔵六ではなく、彼を取り囲む家族や村人だと気づいた。

 蔵六の家族、特に兄の太郎と村人たちは、幾度にわたって蔵六に難癖をつけ、蔵六を徹底的に排除しようとする。「蔵六は働かないから病気になった」「病気がうつりそうだから森へ隔離する」「森から村へ降りてきたら困るから殺す」と。仕事をしないことと吹き出物に因果関係はもちろんないし、病気がうつると医者は言っていないし、来るなと母親に言われた後の蔵六は村へ降りてこようとしていない。彼らの残忍な仕打ちに、論理的な理由は何もないのだ。元々蔵六は、ただの病人である。病気で顔中に吹き出物ができただけの人間だった。その病人に、村の子どもが石を投げつけて悪化させ、食糧のない廃れた森に隔離して餓鬼のような身体にし、過剰なまでの排除で心を傷つけた。蔵六を化け物にしたのは、彼の周りにいた人間たちだったのだ。

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