『隣人 X』 原作者 パリュスあや子インタビュー「相手をわかったつもりになるのは、とても危ういこと」

パリュスあやこ『隣人X』を語る
パリュスあや子『隣人 X』(講談社文庫)

 フランス在住の作家・パリュスあや子による小説『隣人X』を原作とする映画『隣人X -疑惑の彼女-』が、本日12月1日(金)より全国公開された。

 ある日、日本は故郷を追われた惑星難民Xの受け入れを発表する。人間の姿をそっくりコピーして日常に紛れ込んだXがどこで暮らしているのか、誰も知らない。Xは誰なのか? 彼らの目的は何なのか? 週刊誌記者の笹は、スクープのため正体を隠してX疑惑のある良子へ近づく。ふたりは少しずつ距離を縮めていき、やがて笹の中に本当の恋心が芽生えるーー。

 良子を演じるのは7年ぶりの映画主演となる上野樹里。そんな良子に惹かれていく記者を林遣都が演じるほか、台湾の実力派・黃姵嘉(ファン・ペイチャ)、野村周平、川瀬陽太、嶋田久作、原日出子、バカリズム、酒向芳らが顔を揃える。第14回小説現代長編新人賞を受賞し、次世代作家として大きな注目を集めるパリュスあや子の小説を、熊澤尚人監督が新たな視点を盛り込み完全映画化している。

 原作者のパリュスあや子に、本作に込めた思いや映画の感想を聞いた。(リアルサウンド ブック編集部)

無自覚に他者に向ける偏見のまなざしがある


――『隣人X』の映画化に際して、監督の熊澤尚人さんは「見えない偏見」というテーマを大事にされていたことが、文庫版に収録されたインタビューでも語られていました。

パリュスあや子(以下、パリュス):人はどうしても理解できない他者におそれを抱き、阻害したいという気持ちが芽生えてしまう。それでも他者と関わりながら生きていくにはどうしたらいいのか、というのが小説『隣人X』を通じて書きたかったことの一つでした。主人公を三人の女性にしたのは、それぞれが偏見に晒される痛みを描くと同時に、そんな彼女たちのなかにも、無自覚に他者に向ける偏見のまなざしがあるのだということを描きたかったから。だから、監督が丁寧に読みこんでくださったのが、とても嬉しかったです。

――小説の主人公は、大企業勤めだけれど新卒派遣社員の紗央、就職氷河期世代で現在はバイトを掛け持ちしている良子、そしてベトナムからの留学生・リエンです。映画では、小説より少し年齢を下げた良子を上野樹里さんが演じ、中心人物として描かれますね。

パリュス:良子だけでなく、ほかの二人も、本来であれば主人公として立つには個性が弱いと思うんです。原作では「平均」という言葉を何度か使いましたが、私はあえて三人を、目立ったところの何もない平均的な女性として描きました。社会に上手になじむために、理不尽に傷つけられることのないよう、息をひそめるようにつつましく日々を生きている。そういう人って、けっこう多いんじゃないかと思うんですよ。自分を押し殺すのはしんどいけれど、誰とも摩擦が起きないのはラクですし、それなりに楽しくやっていくこともできますから。

――上野さんが演じる良子も、静かに淡々と、自分なりに日々を楽しんでいましたよね。

パリュス:派手な事件は何も起きないから、泣いたり叫んだりすることもない。いつだって控えめに、静かにたたずんでいる彼女の雰囲気が、上野さんの抜群の演技力で、芯の強さとして映し出されているのがすばらしいなと思いました。上野さんの圧倒的な存在感があるからこそ、良子ひとりでも主人公になりえたのだな、と。

――そんな彼女の日常を乱す、林遣都さん演じる笹もいい味を出していましたよね。

パリュス:笹は週刊誌の記者で、政府が難民として受け入れることに決めたXのゆくえを追っている。良子とは対照的に感情の振り幅が大きい役で、林さんもまた演じるのが大変だったと思うのですが、ぐいぐい引き込まれ魅せられました。笹が良子に出会い接近していく、サスペンス・ラブストーリーとして物語を再構成していただいたのは、大正解だったと思います。原作とはかなり印象の異なる映画になりましたが、核の部分は通底していますし、原作者としてもいち映画ファンとしても、心の底から楽しめました。

――どこに潜んでいるかわからない、得体のしれないXは確かにこわい。でも、よく知っている相手なら安心して信頼できるのかといえばそうとは限らない、ということが小説でも映画でも丁寧に描かれていくのが好きでした。

パリュス:相手をわかったつもりになるのは、とても危ういことなんじゃないかと思うんです。何事もなく平和に生きているときは意見が対立することもなく、価値観を共有していると思っていた相手でも、Xのように非日常の存在が登場したとき、いつもとは異なる決断や判断をせねばならなくなったとき、「そんなふうに考えていたの?」と驚かされることって、少なくないんじゃないでしょうか。意外と、Xとのほうが――共通点なんて一つもない相手とのほうが、意気投合してしまうことも、ときにはあると思うんです。

――まさにコロナ禍で、そうした意見の食い違いやすれ違いを経験した人は多い気がします。

パリュス:そういうときにどうするべきか、正解はないと思いますし、相手との関係性のなかで、どうすれば手をとりあっていけるか、試行錯誤していくしかないんですよね。だから小説では、主人公をひとりに据えるのではなく、三人の女性がそれぞれの人間関係のなかでもがき、葛藤する姿を描きたかったんです。

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