松村邦洋が語る、100万部突破の時代小説「三河雑兵心得」シリーズの面白さ 「足軽の立場から見た家康はまた違う」
今を生きる我々の目から見ても共感できる
――茂兵衛自身がその出自もあって、そこまで「武士の価値観」みたいなものに同化していないところも、実は本作のポイントのひとつかもしれないです。松村:そうですね。武士の上のほうにいる人たちというか、役職のある人たちは、すぐに「名誉の死」を遂げようとしたり、それこそ切腹しようとしたりするけど、茂兵衛はそういった価値観にあんまりピンときてないところがある。荒武者ではあるけど、倒した敵の首を取ることにはいまだに抵抗があったりするじゃないですか。首級を持ち帰らないと褒賞がもらえないのに。そこは現代人の価値観に近いところがあって、架空の人物ならではというか、タイムマシーンでたまたまこの時代にきてしまったようなところがありますよね。だからこそ、今を生きる我々の目から見ても感情移入しやすかったり、共感できるようなところがあるのかもしれない。あの時代の武士の価値観はやっぱり独特というか、極端じゃないですか。
――確かにそうですね。
松村:今回の大河ドラマ『どうする家康』もそうですけど、徳川家康の話はこれまで小説や映画、ドラマなどで何度も繰り返し描かれているわけじゃないですか。「三方ヶ原の戦い」だったり「長篠の戦い」――今は「設楽ヶ原の戦い」って言うのかな? あと「小牧・長久手の戦い」だったり。それこそ「関ヶ原の戦い」はすごく有名ですけど、それを全部、三河の一兵卒に過ぎない茂兵衛の視点で見るっていうのはすごく斬新だし、そこがやっぱりこのシリーズのいちばんの醍醐味ですよね。お笑いの世界でも、付き人の方が書いた本がすごく面白かったりするじゃないですか。
――ビートたけしさんの付き人の方が書かれた本とか……。
松村:アル北郷くんが「週刊アサヒ芸能」で連載している『たけし金言集』とか、すごく面白いですよね。昔、秋山(見学者)さんという人が書かれた『たけしー・ドライバー』っていう本も面白かった。たけしさんのそばにずっといた人が書いた日記みたいなものって、どれも面白いんですよ。まあ、たけしさんの場合は、そこからひとり立ちして出世していった人も多いですけど。
――そのあたりは、ちょっと戦国武将っぽいですよね(笑)。
松村:でも、お笑いの場合はどこそこの家臣団というより「事務所」のイメージかもしれない(笑)。お笑いの世界でも、いろんな事務所を渡り歩いてきたような人は結構強かったりするんですよね。いろんな人を見てきているから。でも、それを言ったら、明智光秀もいろんな「事務所」を渡り歩いてきたわけで――最初は斎藤道三に仕えて、そのあと朝倉義景の世話になり、足利義昭に仕えたあと、信長にヘッドハンティングされて。そうやって、いろんなところを渡り歩いてきたからこそ、仕事ができるみたいなところがあったんじゃないですか。ある意味、即戦力の中途採用みたいなところがあって。だからこそ、信長の当たりが強いというか、失敗が許されないようなところがあったのかもしれないですけど。
――確かに。茂兵衛は「事務所」こそ渡り歩いてはいないものの、夏目次郎左衛門にはじまり、本多忠勝、大久保忠世、そして家康など、直属の上司がちょくちょく代わるんですよね。使い勝手がいいので、いろんな現場に派遣されたりして。
松村:そうそう。「こっち行け、あっち行け」って上から言われるがまま、いろんなところに駆り出されて。そこがちょっとサラリーマンっぽいのかもしれない。いきなり「明日から、こっちの部署に行ってくれ」って言われて、そこでまたゼロから仕事を覚えたり、人間関係を作らなきゃいけなかったりするという。「気は進まないけど、社長命令だから従うしかない」みたいな。この「三河雑兵心得」シリーズが、サラリーマンの方に結構読まれているっていうのも、その辺りに理由があるのかもしれない。時代は戦国だけど、ちょっと身につまされるようなところがあるというか(笑)。結果次第で、徐々に出世していくところも、また共感できるのかも。
――あくまでも茂兵衛は一般人ですからね。
松村:サラリーマンの人がみんな社長を目指しているわけじゃないように、茂兵衛も別に「天下を取ろう」なんて思ってないところも良いんです。みんながみんな、秀吉や家康みたいに天下を取ろうとしていたわけではない。その辺もすごくリアルで、それはお笑いの世界だって同じなんですよね。誰もがたけしさんを目指しているわけじゃないというか、たけしさんに憧れてこの世界に入ってきたとしても、ほとんどの人がたけしさんにはなれないわけで。ただ、たとえ天下を取らなくても、すごい人たちっていうのはたくさんいます。「あいつ、そんなに知られてないけど、すごく面白いよね」みたいな人。それは、表に出るタレントさんだけじゃなくて、裏方の人たちもそうで……世の中的には全然知られてないけど、内側にいる人たちはみんな知っている実力者みたいな人は、どこの世界にも結構いるんですよ。茂兵衛もきっと、そういうタイプなんじゃないですか。
――頂点を目指すだけが人生ではない、と。
松村:やっぱり人間、どうしても「高さ」にこだわりがちだし、若い頃は特にそうなのかもしれないけど、僕は「長さ」にこだわってもいいんじゃないかって思うんです。そのためには、生き延びなきゃならないわけで。茂兵衛も同じですよね。いくさに出ても、そこで生き残ることがいちばん大事という価値観で生きている。「高さ」ばかり追い求めて、出世したからそれで幸せかと言えば、そうでもなかったりするじゃないですか。秀吉もそこまで幸せそうじゃないし、タレントだって、すごく売れているけど私生活はめちゃくちゃだっていう人、意外と多いですから(笑)。そこそこ売れているぐらいの人たちのほうが、よっぽど幸せそうだったりするんです。だから、茂兵衛はこれからまだ出世していくのかもしれないけど、あんまり出世しないでほしいなって思います(笑)。その辺りも含めて、今後の展開が楽しみです。