『アンデッドガール・マーダーファルス』の魅力とは 著者・青崎有吾の博学さと19世紀ヨーロッパ文学の融合
青崎有吾による『アンデッドガール・マーダーファルス』が独特で面白い。
バトルとファンタジーが混在するライトノベル的な作品なのだが、そこにミステリーと歴史ものの要素が加わっている。19世紀末当時の時事ネタを絡めながらも、いい意味で通俗的なエンタメに着地しており、青崎氏の教養の深さを感じられる。
さて、アニメが放送中の『アンデッドガール・マーダーファルス』だが、原作同様主に19世紀末のヨーロッパが舞台になっている。
19世紀末は多くの通俗文学がヨーロッパで隆盛した時期であり、シャーロック・ホームズはこの時代を代表する存在である。『アンデッドガール・マーダーファルス』には超有名どころのホームズやルパンを初め、数多くのヨーロッパ通俗文学に原典を持つキャラクターが登場するが、それらの原典については意外と知られていない。
今回は『アンデッドガール・マーダーファルス』に登場する主だったキャラクターの原典について解説、もとい由無し事を書き連ねるとしよう。
■19世紀末ヨーロッパ―大衆文学が生まれたその時代
『アンデッドガール・マーダーファルス』には19世紀(一部20世紀初頭)のヨーロッパで生まれた通俗文学をルーツとするキャラクターが大量に登場するが、更に内訳をいうなればイギリス、アイルランド(当時はイギリスの植民地)発祥が圧倒的に多く、フランス発祥のものが続いている。
イギリスものが多いのには歴史的な必然性がある。
まず、これらの通俗文学はすべて小説が原作だが、ヨーロッパでもっとも小説という文学形式が発達したのはイギリスである。
18世紀以降における英文学は小説の発達により活況を呈した。「近代小説の父」と呼ばれるサミュル・リチャードソン(1689-1761)と「イギリス小説の父」と呼ばれるヘンリー・フィールディング(1707-1754)が先鞭をつけ、ウォルター・スコット(1771-1832)とジェーン・オースティン(1775-1817)がそれをさらに発展させた。彼らの作品は映画やテレビドラマで幾度となく題材になっている。
18世紀のイギリスは、こうした「真面目な文学」のみならず、大衆受けを狙った文学作品も生み出した。ホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚』(1764)をはじめとする、「ゴシック小説」と呼ばれる作品群がそれにあたる。ゴシックをルーツとする代表作が本作でもネタになっているメアリー・シェリー(著)『フランケンシュタイン』(1818)である。
19世紀に入るとイギリスはヴィクトリア女王のもと、未曽有の好景気に沸いていた。その結果、中産階級に余暇を楽しむ経済的余裕が生まれ、同時に政府の教育改革によって義務教育の範囲が拡大され識字率が劇的に向上。当然の帰結として文字を読めるようになった者たちのなかで、高等教育を受けていない中産階級の人々が“軽い読み物”を求めた。その需要に応える形で、軽い読み物を提供する作家たちが登場した。
ジョージ・ギッシング(1857-1903)の『三文文士』は商業主義に毒された時代の文筆家を主人公としている当時としてはタイムリーな一作である。(時代背景を知りたい方はナイジェル・クロス(著)『大英帝国の三文作家たち』に詳しいので参照されたし)
このあたりは太平の世だった江戸時代の日本で滝沢馬琴(1767-1848)を初めとする作家たちの通俗的な読本(よみほん)が流行ったのと似ている。(一説によると幕末日本の識字率は世界でもダントツ1位だったと言われている)。今でいえば漫画雑誌が続々新規刊行され連載少年漫画が人気を博するようなものだろうか。
『アンデッドガール・マーダーファルス』の元ネタキャラクターがこの歴史的文脈により大量に生み出されている。一応の前置きをしたうえで、各元ネタ作品を紹介していこう。