打率よりOPS? 勝ち星よりFIP? 進化する野球のデータ分析の面白さ(投球編)
現状唯一、世界最大規模のプロ野球リーグ・MLB(メジャリーグベースボール)の選手が参加できる国際大会、WBC(ワールドベースボールクラシック)は日本の劇的な勝利で終わった。
進化する野球の評価と指標(打撃編)を書き上げた後、続きを書こうか逡巡していたが、その数時間後に現役MLB選手をオーダーに並べてきたメキシコ代表を日本代表が逆転サヨナラ勝ちで下すという劇的な出来事が起き、その勢いでアメリカをも破り、世界一の称号を手に入れた。その活況の中で日本のプロ野球も開幕。こうなれば筆者の筆も進むというものである。
今回は野球のデータ分析について「投球編」をお送りしたい。
■その投手の成績をどう評価するのか?
マイケル・ルイス(著)『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』は「選手のどの成績を評価するか?」についてデータ分析を取り入れた最も有名な例だろう。打撃編でも『マネー・ボール』とセイバーメトリクスについて取り上げたので改めて詳細な説明をすることは避けるが、マネーボールは打撃において「長打率と出塁率を重視した」という点だけは重要なのでリマインドしておこう。
ピッチャーの側で重要な要素は三つで、そのうち二つは長打率と出塁率を重視する打者戦略の裏返し、「四球を出さない」「長打(本塁打)を打たれない」である。
もう一つは奪三振能力だ。三振は前に打球が飛ばないため、打ち取った当たりがヒットになる、味方のエラーでランナーが出るなどの運による不確定要素が排除される。最もアウトが確実にとれるプレーだ。
与四球と奪三振に関する指標としてK/BB(またはSO/BB)がある。奪三振数を与四球数で割っただけの単純な指標だが、最も確実にアウトを取れるプレー(三振)と最も確実にランナーを出すプレー(与四球)の割合を示しており、単純だが効果的だ。K/BBは2.00程度なら並み、3.50を越えると優秀と言われている。
また、旧指標しかご存じない方には確実に驚きであろう統計上で重要な事実がある。
アマチュア研究者のボロス・マクラッケンはどんな投手でも奪三振、与四球、被本塁打の割合は毎年安定しているのに、本塁打を除くフェア打球の被打率(BABIP)は数字の変動が激しいことに気付いた。それでいてBABIPは長いスパンでみると一流投手でも三流投手でも大差ないレベルに収束することにも気付いた。
さらりと書いてしまったがよく咀嚼してみると驚きの事実である。なんと球界で長きに渡って信じられてきた「打たせて捕る技術」なるものは少なくとも統計上存在せず、「被本塁打と与四球と奪三振以外は投手の能力と関係ない」ということが判明してしまったのだ。(しつこいようだがあくまで「統計学上」の話である)
人気野球マンガ『MAJOR』の主人公・茂野吾郎は「野球の基本は三振とホームランだろ!」といういかにも少年マンガらしいセリフを残しているが、実はこの発言はかなり統計学的な野球の本質(三振=最も確実にアウトを取れるプレー、ホームラン=最も確実に得点できるプレー)をついていたりするのだ。
マクラッケンはこの統計的事実をもとに奪三振、与四球、被本塁打の三要素のみを投手の責任とするDIPSという指標を生み出した。
当初はセイバーメトリクスの生みの親であるビル・ジェームズですらDIPSの信憑性を疑っていたが、その後の研究によってDIPSは概ね(しつこいようだがあくまでも統計学上)正しいことが明らかになった。
そのDIPSを元に生み出されたのがFIPで、優秀な投手は旧来指標である防御率とFIPの乖離が小さいとされている。逆に防御率が良いのにFIPが悪いと「味方の守備に助けられていた」など「運が良かった」可能性がある。
乖離が激しかった例として2008年シーズンの松坂大輔氏(当時ボストン・レッドソックス)が挙げられる。
同シーズンの松坂氏は防御率2.90に対してFIP4.03で「運に恵まれていた」と評価されていたが、翌年以降、実際に松坂氏の成績は急降下している。
さて、ここまでくると勝ち星の話が全く出てこなかった理由について想像がついている方も多いと思う。
現代のMLBにおいて勝ち星はあまり重視されていない。勝ち星はチームが勝たないとつかないので、弱いチームにいたらいくら好投しても勝ち星は伸びない。好投してもリリーフ投手が追いつかれたら勝ちはつかない、打ち込まれてもチームが大量得点したら勝ちがつく。運による産物はセイバーメトリクスでは排除されるのだ。
MLB版の沢村賞ともいえるサイ・ヤング賞だが、近年のサイ・ヤング賞は明らかに勝ち星を重視していない。
例として2018、2019年は2年連続でジェイコブ・デグロムが受賞しているが、デグロムはなぜか勝ち運に恵まれない投手で、連続受賞した2年間の勝ち星はそれぞれ10勝、11勝である。
MLBは試合数が多いため、最多勝は低調な年でも16勝が最低ラインだ。(短縮シーズンを除く)
デグロムの勝ち星は2年連続で200イニング以上投げた投手の勝ち星としてはかなり寂しい成績だ。
しかし、内容は凄まじく2018年は200イニング以上投げながら防御率1点台(1.70。1点台は彼のみでぶっちぎりのリーグ1位)で、217イニングで269三振を奪っている。
奪三振の多い投手は四球が多い印象があるが、デグロムは四球を46個しか出していない。
9イニング換算の与四球率は1.90、K/BBは5.84だ。
圧倒的内容だったと言っていいだろう。
■投球の質―「あの投手はどれぐらい凄いのか?」を数字から読み解く
これらをまとめると、最高の投手とは「長打を打たれない」「四球を出さない」「高い奪三振能力」を兼ね備えた選手と言うことになる。
あまりにも当たり前の結論だが、これらの条件をすべて備えている選手は非常に少ない。
だが、もちろん例はいる。
例えば1999年シーズンのペドロ・マルティネスがそうだ。
同シーズンのマルティネスの成績を下記に列挙する。
・投手三冠(23勝、防御率2.07、313奪三振)
・213.1イニングで被本塁打9、37与四球。
・被本塁打率は約0.38、与四球率1.56
・K/BB 8.45
・WHIP 0.92
こうして改めて見てみると凄まじい成績だ。全盛期のマルティネスは最速160km/h近い速球に加え、カーブ、チェンジアップ、カットボールといずれの変化球も一級品でコントロールも抜群だった。
翌年(2000年)は勝ち星が足りず三冠を逃したが、やはり内容は抜群でWHIP(※一イニングあたりに許した出塁数) 0.74は現時点でのMLBシーズン最高記録だ。
当時のMLBの力自慢たちは180cmそこそこの小兵(MLB選手の平均身長は188cm)だったマルティネス相手にランナーすらロクに出すことが出来なかったのだ。一発狙いに賭けても出会いがしらの一発は望めず、当たり損ないのラッキーヒットを願おうにも前に飛ばせず、四球を選ぶことも困難ではお手上げだ。
加えてマルティネスが全盛期だった1990年代後半から2000年代のMLBはステロイドをはじめとする薬物禁止規定が強化される前の時代であり、クスリで強化した丸太のような腕の男たちがホームランを量産していた時代である。その時代にこの成績は脅威としか言いようがない。
なお、マルティネスは有資格一年目で野球殿堂入りを果たしているが、通算勝利数は219勝と殿堂入り選手にしては物足りない。(MLBは試合数が多いため先発投手の殿堂入り当確ラインは300勝と言われている)
勝ち星が物足りない分を投球内容が補ったのだろう。
現役のNPB選手だと侍ジャパンにも選出されている山本由伸が圧倒的な投球を見せている。ここ2年(2021年、2022年)連続で投手三冠王になっているが、より内容の良い2021年シーズンの成績を取り上げる。
・投手三冠(18勝、防御率1.39、206奪三振)
・193.2イニングで被本塁打7、40四球。
・被本塁打率は約0.32、与四球率1.86
・K/BB 5.15
・WHIP 0.86
こちらも圧倒的だ。山本も160km/h近い速球に加え、スプリット、カーブ、カットボールと変化球も質が高く、コントロールも良い。NPBのバッターは山本相手にランナーを出すことはおろか、前に打球を飛ばすことすら困難を極めているのだ。
余談だが奪三振能力と四球を出さない能力のバランスが悪い選手でも顕著な成功例はある。
MLBの伝説的存在、ノーラン・ライアンだ。
ライアンは通算奪三振5714のMLB歴代記録保持者だ。2位のランディ・ジョンソンが4875(こちらも十分凄いが)なのでぶっちぎりの1位である。
凄まじい奪三振能力の一方で与四球は非常に多く、通算与四球2795も歴代ワースト1位だ。
1973年シーズンは現時点のシーズン記録383奪三振の一方で、リーグワーストの162与四球も記録している。K/BB2.36はせいぜい並レベルの成績である。
しかしライアンはカリフォルニア・エンゼルス、ヒューストン・アストロズ、テキサス・レンジャーズと強豪とは言い難いチームでプレーしながら通算324勝を記録している。ライアンほどボールに力があればコントロールは雑でも通用するということだろう。