『アンデッドガール・マーダーファルス』の魅力とは 著者・青崎有吾の博学さと19世紀ヨーロッパ文学の融合
■ガストン・ルルー(1868-1927)『オペラ座の怪人』(1910)
『オペラ座の怪人』と言えば、日本の演劇ファンならばとりあえず劇団四季のミュージカルを思い浮かべるのではないだろうか。あの荘厳な音楽が鳴り響くと反射的に『オペラ座の怪人』のタイトルが頭に浮かぶ方も少なくないだろう。一般的に知名度の高いミュージカルはイギリス製であり、アンドリュー・ロイド・ウェバーの楽曲の方が原作よりも有名かもしれない。
原作は小説で、作者はガストン・ルルーという新聞記者出身の作家である。主人公はパリの名門劇場オペラ座の地下に住む、万能の天才だが醜い風貌の怪人で、このオペラ座の怪人(エリック)、怪人が恋焦がれる美しいオペラ歌手のクリスティーヌ、クリスティーヌの幼馴染ラウルがメインキャラクターの怪奇ゴシックロマンスである。
ミュージカル以外にもサイレント時代から幾度も映画化されているため、派生作品も多い。日本人にお馴染みのポップカルチャーではアプリゲーム『Fate/Grand Order』にオペラ座の怪人がプレイアブルキャラクターとして登場する。
■メアリー・シェリー(1797-1851)『フランケンシュタイン』(1818)
世紀末の通俗文学が流行る前、ゴシック小説の文脈から登場した作品。幾度ともなく映像化されているが、原作は知らない、それどころか原作がそんなに古い小説だったとはご存じない方も多いのではないだろうか。
メアリー・シェリーは当時としては非常に珍しい女流作家で、ロマン派詩人パーシー・ビッシュ・シェリー(1792-1822)の妻にあたる。作品の舞台はスイスから始まり、北極点まで至る壮大な物語である。主人公はスイス人のヴィクター・フランケンシュタインという科学者で、物語の骨子はこの科学者と科学者が生み出した人造人間との戦いが中心となる。一般的にこの人造人間の方が「フランケンシュタイン」と誤解されているが、この人造人間は作中「クリーチャー」としか呼ばれておらず終始名無しである。
『アンデッドガール・マーダーファルス』のクリーチャーは「ヴィクター」と呼ばれているが言うまでも無く、造物主のヴィクター・フランケンシュタインに由来する名前である。
あまりにも多く派生作品が制作され、原型を留めておらず、それらの多くは原作との乖離が激しい。どんなものなのか映像作品で知りたい方はケネス・ブラナー監督・主演の『フランケンシュタイン』(1994)がかなりのアレンジを含みつつも一応、原作に比較的近い。
原作ともども気になる方は是非、確認していただきたい。
■モーリス・ルブラン(1864-1941)「アルセーヌ・ルパン」シリーズ(1905-)
我が国で良く知られた『ルパン三世』シリーズを初め、数々の作品で元ネタになっている世界一有名なフィクションのキャラクターの一人である。神出鬼没の怪盗紳士であり、変装の達人で様々な顔を持つ。頭脳明晰であり、怪盗でありながら探偵役として活躍することもある。ルブランの原作でも(作者のルブランが無許可で勝手に)ホームズと対戦しており、『アンデッドガール・マーダーファルス』のホームズ対ルパンは原典オマージュになっている。
このあたりは別の拙記事もお読みいただけると幸いである。
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■コナン・ドイル(1859-1930)「シャーロック・ホームズ」シリーズ(1887-)
世界一有名な探偵であり、世界一有名なフィクションのキャラクターであろう。『アンデッドガール・マーダーファルス』には助手のワトソン先生もレストレード警部も宿敵のモリアーティ教授も仲良く登場する。
本国イギリスだけでなく、数多くの派生作品が生み出され、21世紀に舞台を移した『SHERLOCK』、『エレメンタリー ホームズ & ワトソン in NY』から日本が舞台の『シャーロック アントールドストーリーズ』、清末の香港が舞台の『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』まで時代や舞台を置き換えたものだけでも数えるのが億劫なほどの作品が生み出されている。
わが国で生み出されたルパン派生作品の『ルパン三世』でもアニメでホームズとルパン三世が対決している。最近のアニメでは19世紀末のイギリス舞台にしたファンタジー『ノケモノたちの夜』に「同時代の有名人」としてホームズとワトソンが登場する。もはや実在の人物なのでないかと錯覚しそうである。ホームズについて語るとネタがあまりにも多すぎてキリが無いので、このぐらいで遠慮しておくこととする。
■ジェームズ・マルコム・ライマー、トーマス・ペケット・パースト『吸血鬼ヴァーニー』(1847)
■シェリダン・レ・ファニュ(1814-1873)『カーミラ』(1872)
■ブラム・ストーカー(1847-1912)『ドラキュラ』(1897)
この3作品はいずれも吸血鬼ものである。東ヨーロッパの吸血鬼伝承を元ネタとする吸血鬼小説の第一号は1819年に発表されたジョン・ウィリアム・ポリドリ(1795-1825)の短編『吸血鬼』と言われている。吸血鬼ものは『吸血鬼ヴァーニー』、『カーミラ』で発展し、『ドラキュラ』で最高点に至った。ゴシック的な『吸血鬼ヴァーニー』、百合風味たっぷりで幻想的な『カーミラ』、いかにも通俗的でエンタメ的な『ドラキュラ』と三者三様に吸血鬼ものの発展ぶりを示している。
以降、山ほどの映画、小説、コミックの題材になっている。坂本眞一氏の漫画『DRCL midnight children』はストーカーの『ドラキュラ』を原案としている。