作家・中村うさぎ、ショッピングの女王から買い物依存症へ 地獄からの脱却と壮絶エピソード
初めて購入したシャネルの衝撃
――そんな中村先生ですが、ついに海外の高級ブランド品を手にすることになります。
中村:それまで奮発して買っていたDCブランドだって、せいぜい高くて10万くらいじゃない。ところが『ゴクドーくん漫遊記』が当たって、33歳でドカンとお金が入り、シャネルの革のジャケットを60万円で買ってしまったの。
――どこのシャネルのブティックで購入されたんですか。
中村:意を決して、新宿伊勢丹のシャネルに入ったんです。私は金持ちだから買えるぞと暗示をかけながら入りました。店の入り口には小物とか比較的買いやすいものが並んでいるけれど、奥に行くと高そうな服が並んでいて、店員が背筋伸ばして厳かに立っているわけよ。店員にジャッジされている気分になっちゃった。
――お目当ての物を探している間の緊張感、凄そうですね。
中村:値札を見ると貧乏人扱いされると思いつつ革のジャケットを眺めていたら、店員が背後から肩越しに「いかがですか?」と言ってきました。一瞬ビクッとして、私にかまわないでと思ったけれど、そうだ、試着室で一人きりのときに素早く値札を見ようと思いつきました。そして値札を見たら60万円。ありえないだろ! ふざけているのか! と思いましたよ(笑)。
――革のジャケットの着心地はいかがでしたか。
中村:サイズは大きかったけど、着れないことはなかったんです。でもさすがに買えないと思って、体よく断るつもりで「ちょっと肩のところが大きいみたい」と言ったの。すると、店員に「ワンサイズ下もございますよ」と言われたのね。着せてもらったらぴったりなの(笑)。文句の言いようがない、非の打ち所がないくらいぴったりなんですよ。60万円、買えないわけじゃないわけですよ。払えるけれど、買ったら人間として何かを間違えていないかと思ったわよ。でも、見得と虚栄心が勝って、「これいただきます」と言っちゃった。
シャネルの受注会は“フリーフォール”!?
――ついに念願のシャネルデビューですね!
中村:しかも、「CHANEL」とロゴが書かれた、でっかいたいそうな箱に入れてくれて、しずしずとお見送りまでしてくれたんです。外で何人かの買い物客と目が合った時の、あの誇らしい気持ちは凄かったね。小さな袋だったらイヤリング程度でしょ。でも、こんなでかい箱だと、周りは「何を買っているんだろ」と思うわけじゃない? あたし、シャネルで服を買ったのよ、大きな買い物をいたしたのよというご満悦感が半端なくて、脳内麻薬が一気にドバーッと出てしまいました。
――ブランド品もそうですし、レアモノとか、高価格帯の商品を購入したときに味わうあの高揚感って何なのでしょうね。
中村:自慢したいという“ドヤ感”もあるんだろうけれど、私が思うに、高いところから飛び降りて生還した感じに近いね。遊園地にあるフリーフォールって、すっごい高いところに上っていくじゃん。あまりに高くて、下見たら人間が蟻のように見えて、めっちゃ怖いでしょ。なんで私はお金まで払って宙ぶらりんになっているんだ、馬鹿じゃないかと後悔するんですよ。そして、落ちているときはブラックアウトで記憶が飛ぶけれど、地上に降り立ったときは英雄感にあふれている。あれって、脳が死の恐怖を打ち消そうとドーパミンを出すからなんでしょうね。あれだけ怖い思いをしたのに、友達の前でどやっ! となって、もう1回乗ると言ってしまうわけ。後悔とドヤ感を繰り返しながら、気づいたら4回乗っちゃったことがあります。
――その気持ち、凄くわかります。
中村:これってシャネルの受注会と似ていると思ったんです。背徳感と高揚感がセットになっている感じで、行ったら後悔するけれど、買い物が終わったら高揚感に満ち溢れている。受注会に行くと、なんでこんなところに来ちゃったんだろうと後悔するわけ。でも、買う羽目になっちゃう。いっそ何も買わないで逃げ出したいと思うけれど、欲しい気持ちと店員に逆らえない感じも相まって、ついつい買い物をしてしまうんです。そして、買った後は高揚感にあふれているんですよ。店を出て家に帰るまでの間のワクワクは、抑えられないよね。
――でも、会場の雰囲気で高揚して、失敗した買い物も多いのではないでしょうか。『ショッピングの女王』にも失敗談がたくさん書かれています。
中村:会場に置いてある鏡は詐欺だよね。家で着てみると全然違うんですよ。シャネルのスーツ、ブティックの鏡で見たとき、こんなもっこりしていたっけ? みたいな。フェンディの毛皮なんて、家で着たら“マタギ”の衣装みたいで愕然としましたよ。こういう話はくらたま(注:中村の友人の漫画家・倉田真由美)に話すと面白がってくれるけど、当時はネタなのか本気なのかというかわからないような感じで買い物をしていましたね。