藤井聡太七冠の八冠挑戦とあわせて読みたい! 将棋界を深く濃く描くラノベ『りゅうおうのおしごと!』

『りゅうおうのおしごと!』の魅力

 永瀬拓矢王座への挑戦者を決める将棋の対局で藤井聡太七冠が勝ち、羽生善治九段以来の全タイトル制覇に向けた動きが本格化した。ここに至るまでの藤井七冠の活躍を先取りするような内容で、将棋の面白さや棋士のすごさを紹介し、幾つかの描写が現実に追い抜かれてしまった今も、将棋界が抱える課題を伝え続けているライトノベルが、白鳥士郎の『りゅうおうのおしごと!』シリーズだ。

 とうてい破られない記録だといった感じがあった。『りゅうおうのおしごと!』の第1巻が出た2015年9月の時点で、主人公の九頭竜八一が将棋のタイトルのひとつ、竜王を史上最年少の16才で獲得したというフィクションの記録のことだ。現実の方では、屋敷伸之九段の17才10ヶ月と24日での棋聖獲得が、初タイトルに輝く史上最年少記録だった。藤井聡太七冠はこれを、2020年に17才10ヶ月と20日で塗り替えた。

 それでもまだ、フィクションの方が現実を上回っていたが、藤井七冠は1か月後に王位を獲得して、わずか18才1ヶ月での二冠達成を果たしてしまった。羽生善治九段が21才11ヶ月で達成した記録を大きく上回っただけでなく、『りゅうおうのおしごと!』の八一が2021年2月発売の第14巻で達成するより先の二冠奪取となった。

 ひふみんの愛称で親しまれている加藤一二三九段の最年少プロ棋士記録を抜き、神谷広志八段が持っていた連勝記録を抜いた段階で、藤井七冠の棋士としての飛び抜けた才能は見えていた。それでも、タイトルをひとつだけでなく複数獲得するとなると、とてつもない競争をくぐり抜けて来た天才たちが居並ぶプロ棋士の世界で、そう簡単には達成できないと見る向きもあった。

 『りゅうおうのおしごと!』で九頭竜八一が主人公たり得たのも、フィクションながら史上最年少でのタイトル獲得を達成していたからだ。天才たちの中にあってさらに何段階も飛び抜けた将棋の才能を持っている“将棋星人”。それでいて私生活では、内弟子にとった小学生の少女と同居するという、下心を刺激される状況に身を置く八一のドタバタした日常を楽しめるということで、『りゅうおうのおしごと!』は話題になった。

 同じライトノベルに、蒼山サグの『ロウきゅーぶ!』という作品があって、男子高校生が女子小学生にバスケットボールを教えることになる展開で人気となった。『りゅうおうのおしごと!』は当初、これの将棋版として受け入れられたところがあったが、藤井七冠の存在が将棋界を超えて社会現象となるに連れ、『りゅうおうのおしごと!』の読みどころも萌え的なところから、将棋界に身を置くことの大変さであり、将棋界全体が抱えている課題といったものをフィクションの形を借りて見せる方へと、移っていった感じがある。

 たとえば、女性のプロ棋士について。これは現在もフィクションの中でしか実現していないもので、プロ棋士四段に上がるために奨励会員たちが競い合う三段リーグで過去、何人かの女性会員が戦ってきたが、男性棋士ばかりの中で戦うプレッシャーや、女性には負けたくないという対局相手の執念の前に涙をのんできた。『りゅうおうのおしごと!』ではそうした状況を見せつつ、八一の姉弟子にあたる空銀子がその壁に挑み、突破していく様が描かれ、フィクションが現実になる可能性を示してくれた。

 あるいはコンピュータの導入。人間が自分の頭で考えて指すからこそ将棋なのだといった考え方が抜けきらない状況で、コンピュータを積極的に使って研究する棋士を登場させ、コンピュータを利用することの何が凄いのか、逆にコンピュータでも届かない人間ならではの指し手があるとしたらそれはどのようなものかといったことを示そうとした。

 このテーマは最新刊の第18巻にも続いている。スーパーコンピュータとAIが組み合わさった絶対的な存在が、将棋の必勝手を導き出したといった話が本当なのか、それとも違うのかといった答えを探る対局が、八一の2人の幼女弟子、雛鶴あいと夜叉神天衣によって繰り広げられる。人間かAIか。結果は読んで確かめよう。

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