藤井聡太七冠の八冠挑戦とあわせて読みたい! 将棋界を深く濃く描くラノベ『りゅうおうのおしごと!』
現実の将棋では、名人位を持っていた佐藤天彦九段が将棋電王戦というコンピュータが相手の棋戦に臨み、2連敗を喫してコンピュータに軍配が上がった恰好。それでも、棋戦の中でコンピュータすら予測できない手を繰り出す藤井七冠が戦ったら、違う結果になるかもしれないといった可能性は失われていない。
他にも、将棋という文化の維持にはスポンサーが欠かせないことや、女流棋士と呼ばれる人たちが将棋で賞金を得て暮らしていながら、いわゆるプロ棋士とは違う存在としてどこか曖昧な立ち位置にあることなどがストーリーに絡めて描かれて、藤井七冠の活躍の陰にさまざまな課題が山積していることが見えてくる。それらを知れば知るほどに、藤井七冠の成績が奇跡を超えるものだということも分かるはずだ。
『りゅうおうのおしごと!』は、多彩なキャラクターも大きな魅力だ。棋士として天才ながら、幼女に関心を向けるヘンタイと思われてしまう九頭竜八一は言うに及ばず、心臓に病気をかかえながらも三段リーグを突破し、プロ棋士になった空銀子もヒロインとして強い印象を残す。将棋の才能があるだけに、竜八一の突出した凄さが分かって棋士として苦しむところも、恋愛を超えた関係を2人の間に作りだし、どうなってしまうのかと興味を誘う。
銀子に並ぶヒロインの雛鶴あいも、小学生の時から将棋に天才的な才能を見せ、当初は八一の住み込み弟子として活躍を始め、やがて自分なりの考えで八一の元を離れ修行を始める成長ぶりに、幼女だからではなく才能ある棋士として強く惹かれる。同じ意味で夜叉神天衣にも、才能に財力を掛け合わせたパワーで将棋界を買えていく強さを感じて、現実にも存在していてくれたらと思ってしまう。
八一とは子供の頃からライバルだった神鍋歩夢は、ラノベのキャラらしく中二病気質のところがあって、自分をゴッドコルドレン(=神鍋)、八一をドラゲキン(=竜王)と呼ぶユニークさを見せてくれる。同じ様に八一を子供の頃から知っている女流棋士の月夜見坂燎と供御飯万智は、ヤンキーにお嬢様といった特徴的な属性で引きつける。とはいえ、決して賑やかしではなく、それぞれが棋士としての矜持を見せて物語の世界に筋を通す。
将棋とは何か。そのことを誰もが探求し続けているという軸があるからこそ、『りゅうおうのおしごと!』は幼女や中二病やツンデレやヤンデレに囲まれた八一のドタバタとした日常コメディに留まらない、濃い読み味を持った作品になっているのだ。
現実世界では藤井七冠が王座を獲得し、羽生九段が当時の全七冠を制覇した時以来で、なおかつ一冠多い全八冠を獲得する可能性も見えてきたが、そうした華やかな活躍の裏側で、棋士たちの挑戦があり葛藤があり、苦悩があって歓喜があることを『りゅうおうのおしごと!』から感じ取ろう。