宮崎駿の最新映画で話題 吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』はどんな話なのか?

小説『君たちはどう生きるか』はどんな話?

 宮﨑駿監督の10年ぶりとなる長編アニメーション映画『君たちはどう生きるか』が、1937年に出た吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』からタイトルを取っていることは知られた話。同時に、小説とは無関係のオリジナルストーリーになっていることも公言されている。だったら読まなくてもいいかというと、実は映画の中で重要なアイテムとして登場し、書かれている内容も映画のストーリーだけでなく、宮﨑駿監督作品の根底に息づいている感じがある。小説『君たちはどう生きる』とはどのような本なのか。

※編注:以下、ネタバレあり

 映画『君たちはどう生きるか』は、牧眞人という少年が疎開先で不思議な世界へと迷い込んで冒険を繰り広げるというファンタジー。その中で眞人が読む本として、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』が登場する。亡くなった眞人の母親が書いた言葉が残されていたその本を読んで、眞人は涙を流す。

 そこから、眞人の言動が変わってくる。転入した田舎の学校で在校生とケンカをした帰り道に、自分で石をぶつけて頭に傷をつけたことを、「転んだ」と言い張っていたものが、これは自分で傷つけたものだと告白する。

 新しい母親となるナツコへの態度にも変化が生まれる。妻を亡くしてそれほど時間が経っていないにも関わらず、父親は新しい妻を迎えようとする。それが亡くした妻の妹だということもあって、眞人はナツコや父親のことをあまり良く思っていないようだった。けれども、本を読んだ後に眞人は、ナツコが行方不明になったと聞いて、森にある奇妙な屋敷へと進んで入っていって、ナツコを探そうとする。

 誰かを裏切ることの疚しさや、自分を偽ることの苦しさに気づいたかのような眞人の変化に理由があるとしたら、それは小説『君たちはどう生きるか』に書かれた、コペル君という主人公の少年の決心を読んだからではないだろうか。

 コペル君は仲の良いガッチンが上級生に制裁されそうになっていると聞いて、自分が盾になって止めると約束する。ところが、実際にガッチンが殴られている時、コペル君はガッチンを見捨てて逃げてしまう。当然のように関係はギクシャクして、元々病弱なところがあったコペル君は寝付いてしまう。

 布団の中で後悔の渦に溺れそうになっていたコペル君に、母親が過去の苦い経験を語って聞かせ、そしておじさんがノートに言葉をしたためてコペル君に贈った。コペル君はそれらを聞いたり読んだりして、後悔し続けるより行動に移す大切さを感じ取る。

 対話によって促される成長と進歩。実は、『君たちはどう生きるか』自体がそうした、コペル君という中学生の少年とおじさんとのノートを通した対話を中心に進んで行く小説だ。そこでは、コペル君が感じて自分なりに考えた世界の仕組みや、ニュートンによる万有引力発見の意義、ナポレオンが成し遂げたことの偉大さなどが語られて、コペル君の知識欲を満たし、視野を世界や宇宙へと広げる。

 ガッチンを見捨てたことを後悔するコペル君に、おじさんは「自分が過っていた場合にそれを男らしく認め、そのために苦しむということは、それこそ天地の間で、ただ人間だけが出来ることなんだよ」とノートに書いて、コペル君の苦しみに理解を示す。同時に、「自分の過ちを認めることはつらい。しかし過ちをつらく感じるということの中に、人間の立派さもあるんだ」と書いて、コペル君にはまだ正しい道へと戻る力があるのだと諭す。

 眞人が涙を流したのが、この部分を読んだからなのかは分からない。ただ、あたりまえの正義が通用せず、お互いを攻撃してばかりの世の中に生きている今の人にも、強く響いて鋭く刺さるエピソードであることは間違いない。2017年にマガジンハウスから羽賀翔一によって漫画化された『君たちはどう生きるか』が、200万部を超えるベストセラーになったことからも、今なお大勢の人に響く内容を持っている作品だということが分かる。

 あるいは、今だからこそ読まれるべき小説だということか。格差社会といわれて、毎日の暮らしにいっぱいいっぱいの人が大勢出ているにも関わらず、本人の頑張りが足りないからだといって非難する人がいる。コペル君のおじさんは、ノートに「貧しいことに引け目を感じるようなうちは、まだまだ人間としてダメなんだ」と厳しいことを書く一方で、「だからといって、貧しい境遇にいる人々の、傷つきやすい心をかえりみないでいいとはいえない」と書いて釘を刺す。

 貧しくても自尊心を持って生きる。富んでいるなら貧しさについて考える。それらが融合していく社会を目指すということで、浮かぶのが宮﨑駿監督の『もののけ姫』に登場するタタラ場だ。エボシ御前によって統治された製鉄所は、行き場を失った女性たちに働く機会を与え、病んだ人にも居場所を与えて皆で精いっぱいに生きていこうとする。宮﨑駿監督の考え方の土台に、幼い頃に『君たちはどう生きるか』を読んで感じた差別や貧困への認識が息づいているのかもしれない。

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