宮崎駿監督『君たちはどう生きるか』宣伝しない理由が明らかに 鈴木敏夫の交友録『歳月』が示すキーマンの存在

『君たちはどう生きるか』宣伝しない理由

 宮崎駿監督の10年ぶりの長編アニメーション『君たちはどう生きるか』が7月14日に公開された。『風の谷のナウシカ』(1984年)から40年近く、宮崎駿監督をプロデューサーとして支え続けた鈴木敏夫が、過去に出会った人について綴った7月7日発売の『歳月』(岩波書店)を開くと、宮崎駿監督にとって現時点での集大成となる本作に至るまでの道のりと、どのような考えで制作に臨んでいたかがうかがい知れる。

『君たちはどう生きるか』が『千と千尋の神隠し』を上回る好スタートを切って、どこまで興収を伸ばすかに注目が集まっている。内容については、人生の掉尾を飾る傑作か、それとも晩節を汚す愚作かといった講評がいろいろと出回っているが、肝心なのは宮崎駿監督が、82歳という年齢まで作品を作り続けられたことだ。

 その鍵となる人物が、『歳月』の冒頭に並ぶふたりの企業経営者だ。ひとりが氏家齋一郎。日本テレビ放送網の社長や会長を務めた人で、宮崎駿監督作品では『千と千尋の神隠し』の製作に名を連ねている。『歳月』には、三鷹の森ジブリ美術館の二代目の会長となった氏家のところを鈴木敏夫が尋ねて事業報告を行い、帰ろうとすると「もう帰るのか!」と怒って引き留め、何時間も話し込んだエピソードが紹介されている。

 この氏家が日本テレビの責任者として『風の谷のナウシカ』の放映権を買ったことが、映画の存在を世に広く知らしめるとともに資金面でも支え、宮崎駿監督やスタジオジブリを映画の世界に留め置くきっかけとなった。今も『風の谷のナウシカ』やジブリ作品が日本テレビで放送され続けているのは、こうした背景があるからだ。

 続く重要人物が徳間康快。徳間書店の創業者で、鈴木敏夫を編集者として雇い、宮崎駿監督と出会わせ、『風の谷のナウシカ』の映画化も決断した。まさにジブリの生みの親。宮崎吾朗監督の『コクリコ坂から』で舞台となった高校を運営する法人の理事長は彼がモデルで、映画のように豪放磊落な性格だった。

 『歳月』によれば、徳間康快が亡くなったあと、遺品となったスーツを夫人に見せてもらうと、肩パットがお腹の下まで続いていたという。着れば痩せた人でも体が大きく見える。見てくれを良くすることで、周囲の誰もが無理と思ったことでも、この人が言うならとその気にさせられたのだろう。

 そんなリーダーがいたからこそ、『ルパン三世 カリオストロの城』の興行的な失敗でくすぶっていた宮崎駿監督に映画を作らせ続け、支え続けて米アカデミー賞を獲得する巨匠へと至らせた。『歳月』の冒頭に並んだこのふたりの重要さを分かってもらえただろうか。

 スタジオジブリ自体の柱は、宮崎駿監督と鈴木敏夫プロデューサー、そして『火垂るの墓』の高畑勲監督だ。この高畑勲監督については、鈴木敏夫が記者として取材に行った時のエピソードが紹介されていて、「世の中に、こんなに頭のいい人がいたのか」と驚いたことが書かれている。

 劇場版『じゃりン子チエ』を制作中だった高畑勲監督に取材に行くと、「ぼくが原作を読んで、どこが気に入って映画を作ろうとしたのか。そういう、くだらない話を聞きたいんでしょう」と先制パンチを浴びせられた。そこでひるまず、事前に脚本を読み込み、原作と比べて違う部分を書き出して暗記したことを元に質問を続け、3時間ほど話し込んだという。

 そこから始まった取材の果てに、高畑勲監督から「自分の考えを整理できた」と言われ、映画を作る楽しみを知ったと鈴木敏夫。後に映画プロデューサーとなり高畑・宮崎両監督を支え『君たちはどう生きるか』へと至った原点が、その出会いにあったと分かる。

 宮崎駿監督ももちろん登場する。PCやスマホが普及したせいか、日本人の背筋が丸まっているように思える話を枕に、スマホもPCもやらない宮崎駿監督の背筋がピンとしていることを紹介。「七十八歳。老いてますます盛ん。毎日、同じ時間に出社して、新作『君たちはどう生きるか』の作品作りに励むことができるゆえんは、曲がっていない背筋にある」と綴っている。公開をきっかけに宮﨑駿監督が姿を現す場面があったら、その背筋を見てまだピンとしているかを確認したい。まだ立っていれば次もと期待できそうだ。

 宮崎駿監督や高畑勲監督の盟友として時代を駆け抜けたアニメーターの大塚康生、色彩設計を担当してジブリ作品に独特の色世界を作りだした保田道世らアニメーション作りに携わった人たちや、押井守監督、富野由悠季監督ら鈴木敏夫がアニメ雑誌の編集者としてつきあった人たちも登場している。そうした業界関係者以外との交流からも、宮崎駿監督や鈴木敏夫の映画作りの勘所を伺える。

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