医学部を9浪した娘はなぜ母を刺殺したのか? 大注目のノンフィクション『母という呪縛 娘という牢獄』

『母という呪縛 娘という牢獄』レビュー

 医学部を9浪した経験のある娘(当時31歳)が母(58歳)を刺殺し、そのバラバラの遺体を河川敷に遺棄するという事件が、2018年に滋賀で起こった。娘は殺人の直後にツイッターに「モンスターを倒した。これで一安心だ。」と書き込んだが、その不穏な文言は今でも削除されないまま残されている。 

 昨年12月に刊行された『母という呪縛 娘という牢獄』(講談社)は、そんな事件の犯人・髙崎あかり(仮名)の人生を追ったノンフィクションである。著者・齊藤彩氏は1995年生まれの新鋭記者で、当初は共同通信社の記者として事件を取材した(2021年に同社は退職)。こうした悲劇に向かう芽のようなものは、多くの家庭に内包されていると考え、執筆にいたったという。拘置所・刑務所にいるあかりに対して、面会や手紙での取材を重ねて明らかになってきたのは、被害者である母・妙子(仮名)による苛烈な教育虐待の数々だった。 

 なぜ、医学部を9浪もしているのかといえば、母が異常なまでに執着したからである。小さな頃から教育に厳しい母だったが、そのエピソードを少しでも読むと、常軌を逸していることがわかる。ちなみに父と母娘二人は長い間別居しており、あかりはほぼ母の「支配下」にあった。 

 小学6年生の時には、激昂した母が包丁を持ち出し、揉み合った末にあかりの左腕が裂けたことがあった。中学生の頃には、母があまりに成績に厳しいため、成績表を改竄して見せるとそれがばれてしまって、罰としてヤカンの熱湯を太ももに浴びせかけられた。大学受験を控えた高校時代には、志望校に合格するのに不足している偏差値の数だけ、鉄パイプで殴打された。あかりはそんな生活に耐えられず、何度か家出を試みているが、探偵を雇うなどした母によって、強制的に家に戻された。そうした母の言動すべてが、殺害事件にまでいたった遠因のように思える。 

 医学部9浪生活を終えた後は、医師の道は諦めることにし、大学の看護学科に通った。そしていよいよもう数ヶ月で卒業をして、看護師として働けるという段になって、母が看護師になることに断固反対し、助産師になることを強制した。それに耐えきれなかったのが、殺害の動機だ。あかりは、母に人生を支配される「地獄」は「母か私のどちらかが死ななければ終わらなかったと確信している」と陳述書で述べている。母を殺害する以外の方法では、自分の未来を描くことができなかったのだった。 

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