映画『岸辺露伴ルーヴルへ行く』原作を補う”改変”が見事 高橋一生が見せた、最も切ない「ヘブンズ・ドアー」の卓越さ
※本稿は、映画『岸辺露伴ルーヴルへ行く』とその原作コミックのネタバレを含みます。両作を未見・未読の方はご注意ください。(筆者)
現在公開中の映画『岸辺露伴ルーヴルへ行く』が好調のようだ(公開3日間で観客動員22万人、興収3億1400万円を突破)。
原作は、荒木飛呂彦による同名コミック。2010年、フランスのルーヴル美術館が企画した「BD(バンド・デシネ)プロジェクト」の第5弾として刊行されたフルカラー作品である(原題は『Rohan au Louvre』。日本版の単行本は、2011年に刊行された)。
なお、今回の映画は、主演の高橋一生(「岸辺露伴」役)とバディ役の飯豊まりえをはじめ、監督の渡辺一貴、脚本の小林靖子、音楽の菊地成孔など、NHKの実写ドラマ『岸辺露伴は動かない』の主要スタッフが再集結したものであり、そういう意味では、“ドラマシリーズの集大成”というような位置づけの作品であるともいえよう。
「この世で最も黒い絵」をめぐる恐ろしい物語
「岸辺露伴」とは、荒木飛呂彦の代表作『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部に登場するサブキャラクターのことだが、彼を主人公にしたスピンオフの短編も数多く描かれている(そのほとんどが作品集『岸辺露伴は動かない』に収録されている)。 職業は、漫画家。面白い作品を描くには、徹底したリアリズムが必要だと考えており、そのための取材には、時間も金も惜しまない(ある妖怪の伝説を調べるためだけに、6つの山を購入して破産したことさえある)。
また、「スタンド」(映画・ドラマでは「ギフト」)と呼ばれる異能の持ち主でもあり、彼特有の「スタンド」――「ヘブンズ・ドアー」は、人を「本」に変えて、その記憶を読み取ったり、文字を書き込んで行動を操ったりすることができる。
『岸辺露伴ルーヴルへ行く』は、そんな露伴が、(タイトル通り)フランスはパリのルーヴル美術館を訪れ、そこで、日本の絵師が描いた「この世で最も黒い絵」をめぐる血なまぐさい怪異と遭遇する物語だ。さらには、その怪異は、17歳の頃の彼の初恋の思い出とも深くつながっており、その点が――つまり、“岸辺露伴の青い時代”が描かれているところが、『ジョジョの奇妙な冒険』本編や、その他のスピンオフ作品ではなかなか味わうことができない、恋愛漫画としての魅力を本作に加えているといってもいいだろう(ただし、「ジョジョ」本編においても、岸辺露伴と杉本鈴美の関係――少なくとも露伴が鈴美に抱いている感情は、見方によってはやや“恋愛的”であるといえなくもない)。
原作にはないエピソードの数々が物語に深みを与える
さて、その『岸辺露伴ルーヴルへ行く』だが、誤解を恐れずにいわせていただければ、原作の方は、実は少々わかりにくい物語になっている(念のため書いておくが、「わかりにくい」と「面白くない」は同義ではない)。シュルレアリスム――とまではいわないが、おそらく作者はあえて同作を「夢の断片を繋ぎ合わせたような実験的な物語」として描いており、その点では、比較的プロットがしっかりしている、一連の『岸辺露伴は動かない』の短編群とはやや異なる色合いを持った作品になっているといえよう。
一方、映画では、その原作のわかりにくい部分を、さまざまなオリジナルのエピソードを加えることで補完しており、これはある意味では大胆な改変ともいえるのだが、スタッフとキャストの原作への深い愛情と敬意を感じるため、全く気にならない。中でも注目すべきは、この物語の謎の根源ともいうべき、呪われた「黒い絵」の作者である江戸時代の絵師「山村仁左右衛門」の心情を、原作にはないエピソードを交えて深く掘り下げている点だろうか(じっさい、江戸時代のパートにはかなりの尺が使われている)。
なお、その山村仁左右衛門を演じているのも露伴と同じ高橋一生であり(つまり、高橋は本作で一人二役を演じているのだ)、この絶妙な配役は、同じ芸術至上主義者として、一歩間違えば露伴もまた、仁左右衛門のような“呪われた絵師”になりうる――という恐ろしさを暗に物語っているといえなくもない。
岸辺露伴が発動させる、最も切ない「ヘブンズ・ドアー」とは
それにしても、本作で、高橋一生の演技はますます凄みを増したといっていいだろう。
たとえば、物語の中盤で、若き日の露伴(長尾謙杜)が、「ヘブンズ・ドアー」を使って年上のある女性(木村文乃)――彼が秘かに惹かれている謎の女性だ――の心の中を覗き込もうとするシーンが挿入されるのだが、その時の露伴は、おそらくは真実を知るのが怖くて、彼女を本にするのを途中でやめてしまう(この場面は原作にもある)。
だが、ルーヴルでの“奇妙な冒険”を終えた彼は、再びその女性とめぐり会い、「ヘブンズ・ドアー」を発動させる。この時の高橋一生の演技が、なんともいえず、良いのだ。
「ヘブンズ・ドアー」――たったひと言、押し殺した声でそう囁くだけなのだが、そこには、岸辺露伴の哀しみ、恐れ、好奇心、正義、そして、実らなかった初恋の慕情などが全て集約されている。この切なさを漫画で表現するのはなかなか難しいだろう。そういう意味でも、今回の実写映画化は“成功”しているといってもいいのではないだろうか。
■公開情報
『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』
5月26日(金) 公開
出演:高橋一生、飯豊まりえ
原作:荒木飛呂彦『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(集英社 ウルトラジャンプ愛蔵版コミックス 刊)
監督:渡辺一貴
脚本:小林靖子
音楽:菊地成孔/新音楽制作工房
人物デザイン監修・衣装デザイン:柘植伊佐夫
配給:アスミック・エース
制作プロダクション:アスミック・エース、NHKエンタープライズ、P.I.C.S.
製作:『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』 製作委員会
©2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会 ©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
公式サイト:kishiberohan-movie.asmik-ace.co.jp