紗倉まな「一方通行の想いをもてあましているような小説を書きたかった」 新作小説集『ごっこ』の狙い
わりきれなさ、というのはどの作品にも共通したテーマ
――二編目の「見知らぬ人」も、誰が傷つける側で、傷つけられている側なのか、不明瞭なところがよかったなと思います。夫婦で結婚式に参加したあと、荷物も上着も置いて失踪してしまった夫を、夫の浮気相手と一緒に探す……というと主人公の那月が被害者のようですが、那月は那月で不倫しているという。紗倉:わりきれなさ、というのはどの作品にも共通したテーマで、だからこそ「ごっこ」というタイトルがしっくりきたのかもしれませんね。うわべはうまくやっているように見える、他人には厳しい視線を注いで、ジャッジするようなことも言うけれど、自分だってその厳しさに耐えうるようなはっきりとした存在ではないんだ……ということを、とくに「見知らぬ人」では書きたいと思いました。でも、それこそが人間らしさだなとも思うんです。「えらそうなこと言ってたけど、あの人も結局そんなもんなんじゃん」っていうダメさは、けっこう多くの人が抱えているのかなと思うので。
――浮気相手の女性も、自分のことは棚に上げて、那月や夫をジャッジし、とうとうと持論を語っていましたよね。腹立たしいけど、妙に痛快でした。
紗倉:最初は那月ひとりで夫の行方を追うつもりで書いていたんですけど、いつのまにか彼女が割り込んできて。おっしゃるとおり、加害者であるはずの人が悪びれずに雄弁と語るってめちゃくちゃ腹立たしいんですけど、遮らずに語らせるままにしておく那月も那月だなって気はするんですよね。そこに彼女の罪があるというか。二人の掛け合いは、書いていて楽しかったです。
――那月の浮気相手も、いい味出していましたよね。モチノくんのように、他者を品評したがるクセのある人ですが、偉そうなことを言っているわりに性欲はおさえきれず、すぐあられもない姿をさらけだす、っていう間の抜けた感じが、二人は似ているなと思いました。紗倉:それは、私自身、常々感じていることなんですよ。職業病かもしれないですけど、すました顔で高尚なことを語っている人が、実はものすごい性欲の持ち主だったらおもしろいなあ、とか。あんなにカッコつけていたくせに、ふたを開けてみたらめちゃくちゃスタンダードなプレイしかしないな……とか(笑)。気取っている姿も、性欲をむきだしにしている姿も、その人の多面性として受け止めるべきだってわかっているんですけど、どうしてもちぐはぐに感じられてしまう瞬間があって。それはそれ、これはこれ、とはどうしても思えないおかしみ、みたいなものを描きたい気持ちはありました。ただ、これは女性特有の感覚というか、男性がそのギャップにおかしみを感じて笑っちゃう、みたいな話はあんまり聞かないので、彼らの描写が男性読者を傷つけなければいいなと思っています。
――いいときは「思い出すとちょっと笑っちゃう」で済んでいたそのギャップが、関係がねじれたとき、憎しみに変わるみたいなこともありますよね。
紗倉:ありますね。相手に対するいじわるなまなざしが、ヒステリックな感情に繋がってしまうことは、私もけっこう多いんです。とはいえ、現実の相手には、ノンストップでまくしたてることはできないじゃないですか。だから小説では「これ以上言ったらまずいんじゃないか」といつも自分にかけがちなリミッターをはずして、登場人物に思いきり語ってもらうようにしています。その先に、どんな変化が起きるのかを、見てみたいから。結果、「ごっこ」も「見知らぬ人」も判別のつかない終わり方をしてしまいましたけどね(笑)。
――わりと読者に委ねるというか、突き放すような終わり方をするのも、紗倉さんの小説では珍しいのかなと思いました。
紗倉:それはやっぱり“ごっこ”というテーマが大きかったんだと思います。曖昧な関係性のなかで、白黒はっきりつけた結末を迎えることを、想像できなかった。よく「ここで終わるとは思いませんでした」「続きはどうなったんですか」と聞かれるんですけれど、私としてはどれも、ここで終わるしかないとしっくりきた結末だったんですよね。作中の人物だけでなく、正当に名づけられた関係性を他者と築ける人ばかりではない。なんとなく恋人っぽい、夫婦っぽい、友達っぽい、ごっこ遊びのような関係をゆるく繋いでいくことでしか生きていけないことも、きっとあるはず。そのままならなさを解消するのではなく、抱えたままどう前に進んでいくのかを、この作品では書きたかったのだと思います。
――次は、どんなものを書きたいですか。
紗倉:実は、書いてはボツになっていえる作品があって。女性の身体とか、容姿を変えることについてのお話なんですけれど、いつか形になればいいなと思っています。ただ私、形にするまでがめちゃくちゃ長くて……。今作を出すまでにも三年経ってしまったし、いつまで書きたいと思っていられるのかな、書き続けていられるのかな、と不安になったりもします。それでも、今作を通じて、やっぱり書くこと・読まれることは私の人格を形成する一部なんだと感じることができたので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
『ごっこ』
紗倉まな 著
発売日:2月22日
価格:1,650円(税込)
出版社:講談社