【鮎川誠】漫画でも後世に与えた多大な影響 ロック漫画の金字塔で描かれるメンターとしての絶大なる存在感

 2023年1月29日、ロックバンド、シーナ&ザ・ロケッツのギタリストとして知られるミュージシャンの鮎川誠氏が亡くなった。74歳だった。

 1948年生まれの鮎川は、1975年、サンハウスのギタリストとしてメジャーデビュー。1978年、シーナ&ザ・ロケッツを結成。70年代(~80年代初頭)のいわゆる「めんたいロック」ブームの立役者の1人であり、その後も生涯現役のギタリストを貫いた。また、個性派の俳優としても数多くの映画・ドラマに出演し、味わい深い演技を見せた。

 さて、今回、私が「リアルサウンド ブック」編集部からいただいた“お題”は、「鮎川誠が漫画の世界に与えた影響」というものだった。これは私が、時おり同サイトで「ロックと漫画」というテーマで記事を書いているせいだと思うが、(面白い切り口だとは思うが)なかなか難しいお題ではある。

 たしかに、鮎川誠は、音楽以外のさまざまな表現ジャンルにも影響を与えた偉大なアーティストだ。じっさい、漫画家にもファンは多く、たとえば、岡崎京子はコラムなどでシーナ&ザ・ロケッツのファンを公言していたように思うし、まつもと泉の『きまぐれオレンジ☆ロード』のヒロイン、鮎川まどかのネーミングの由来の1つは鮎川誠だ。

 だが、果たしてそれだけでコラムを1本書けるかどうか……と思っていたら、ふと、ある漫画に、鮎川をモデルにした重要なキャラクターが登場していたことを思い出した。

 上條淳士の『To-y』だ。

漫画のキャラクターのモデルとして、主人公を導く存在に

 上條淳士の『To-y』は、1985年から1987年まで「週刊少年サンデー」にて連載されたロック漫画の金字塔である。

 主人公は、「トーイ」こと藤井冬威。物語は、このトーイが、敏腕芸能マネージャー・加藤か志子に見出され、パンクバンド・GASPを脱退し、アイドルとしてデビューすることで動き出す。恵まれたヴィジュアルと天性の音楽センスを持ち、名前どおり音を“オモチャ”にして芸能界をかき乱していくトリックスター、トーイ。そんな彼のメジャーデビューを支える1人が、鮎川誠をモデルにしたギタリスト、「鮎見初雪」なのである(ここで画像を引用できなくて申し訳ないが、鮎川誠のヴィジュアルをそのまま想像していただければ結構である)。

 鮎見の愛称は、「ハリー」。彼は、70年代に海外でも高い評価を得ていた人気バンド・ヒステリックスの元メンバーであり、現在(いま)はアメリカでプロデューサーとして活動していたのだが、加藤か志子にその手腕を買われ、トーイのデビューアルバムのレコーディング・ディレクター兼ギタリストとして起用されることになった(ちなみに、か志子もまた、かつてはヒステリックスのメンバーだったという設定である)。

 なお、ヒステリックスは、「イギリス・ツアーののちに解散した、凄腕ミュージシャンぞろいの伝説のバンド」であり、あらためていうまでもなく、その設定を考えるうえで上條の頭にあったのは、サディスティック・ミカ・バンドだろう。だが、上條は、ヒステリックスのギタリストのモデルとして、あえてミカ・バンドのギタリストたち(高中正義、加藤和彦)のヴィジュアルを“借用”せず、鮎川誠のそれを使った。

 果たしてこれはどういうことなのだろうか。そもそも上條といえば、この『To-y』という作品で、漫画におけるさまざまな“音の表現”を生み出した開拓者である。具体的にいえば、「歌詞や楽器のオノマトペを描かないことで、“音”を読み手の想像に委ねる」という、ある種の逆転の発想が語られることが多いのだが、「実在のミュージシャンをモデルにしたキャラクターを登場させる」というのも、上條が得意とする音楽表現の1つだ。

 たとえば、トーイのライバルとなる哀川陽司というアイドルがいるのだが、その名前からもわかるように、このキャラクターは吉川晃司がモデルとなっている。当然、テレビの歌番組などで吉川の姿を見たことがある読者は(80年代の「少年サンデー」読者で、彼のことを知らない人はまずいなかっただろう)、「哀川陽司が歌っているカット」が1枚あるだけで、自動的にその声や仕種を補完できるというわけである。

 それと同じ原理を、上條はトーイのレコーディング・ディレクター兼ギタリストのキャラクター造形にも使ったものと思われる。つまり、誰もが知っている「70 年代のギターヒーロー」として、最もわかりやすいアイコンが鮎川誠だったということだろう(だから、トーイの衝撃的なデビュー・コンサート――ロックの殿堂・武道館で鳴り響いたギターサウンドは、鮎川誠の爆音ギターを想像すればいいのだ)。

ロックンロールが世界を変える

 ちなみに、『To-y』という物語の中で、主人公の人生を導くメンターは、前述の加藤か志子やバンド時代のリーダー・桃元郷など、何人か登場するのだが、“音楽的な導き手”となると、実はこのハリーしかいない。

 そういう意味でも、上條淳士という漫画家が、鮎川誠というミュージシャンをどういう風に評価していたのかがわかるだろう。

 そう、鮎川誠は、まさにハリーがトーイとの間で鮮烈なケミストリーを起こしたように(気になる方は、『完全版To-y』の3巻〜4巻を読まれたい)、生涯にわたって、新しい世代のアーティストたちを刺激し続けた。そして、傷だらけの黒いレスポールが1本あれば、世界を変えることができるということを数多くのロックキッズに教えてくれた。

 鮎川誠さんのご冥福を心からお祈りいたします。

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