『チ。―地球の運動についてー』の魚豊、夢野久作の奇書『ドグラ・マグラ』の世界を描く
夢野久作の『ドグラ・マグラ』が、『チ。―地球の運動について―』などのヒット作で知られる漫画家・魚豊の手によって、新たな“顔”を見せている。
というのは、現在、角川文庫版の『ドグラ・マグラ』が、魚豊の描き下ろしイラストを使用した「期間限定カバー」で出荷されているのだ(各書店への出荷期間は、2022年11月17日から2023年2月28日まで)。
日本三大奇書の1つにして隠れたベストセラー
夢野久作の『ドグラ・マグラ』(1935年)は、「読むと一度は精神に異常をきたす」といわれている幻想文学の傑作であり、『虚無への供物』(中井英夫)、『黒死館殺人事件』(小栗虫太郎)とともに、日本探偵小説史上の「三大奇書」の1つに数えられている。ちなみに角川文庫版の同作の上巻は、1976年10月の初版発行以来、現在までに124もの版を重ねており、これはもう、異端だの難解だのという前に、“隠れたベストセラー”であるといった方がいいだろう。
『ドグラ・マグラ』の主人公は、「私」。 「私」(=若い男性である)は、あるとき、「…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンン………………」という不気味な時計の音を聞いて目を覚ます。見回してみればそこは、鉄格子の取り付けられた二間四方ばかりのコンクリートの部屋。ここは監獄か、精神病棟の一室か。しかし、「私」は、自分が何者なのか、まったくわからなかった……。そして、隣室から聞こえてくる、「お兄さま……助けて……」という少女の悲愴な声。
やがて「私」は、その場に現れた若林鏡太郎という法医学教授によって、いまいるところが九州帝国大学精神病科の一室であるということを知る。さらには、自分が故・正木敬之なる精神病科教授の考えたある学説を立証するための「実験材料」であり、その実験を現在、若林が引き継いでいるのだということを聞かされる。つまり、何よりもまず、「私」が記憶を取り戻すことが、正木教授の学説の立証につながるというのだ。
そこから物語は、正木が遺した奇怪な内容の手記や論文、祭文などが次々と挿入されていき、しだいに迷宮めいた様相を呈していく。
そして、それらの文書を読み終えた「私」の前に、死んだはずの正木教授が姿を現わすのだった……。果たして「私」の正体とは? 隣室にいる少女との関係は?
ちなみに、「ドグラ・マグラ」とは、(若林教授の説明では)長崎地方の古い方言で、「切支丹伴天連(キリシタンバテレン)の使う幻魔術」のことを意味しているらしい(漢字で表わすなら「堂廻目眩」、「戸惑面喰」とのこと)。まことに、「夢野久作」という不思議な筆名を用いた作家の代表作に相応しい言葉であるといえよう(「夢の久作」とは、福岡の古い方言で、「夢ばかり見ている人」のこと。余談だが、私も夢野と同じ福岡県の出身なのだが、もちろんいまはそのような言葉は日常的に使われてはいない。おそらく、かつては夢見がちな人や、いつもぼんやりとしている人などを指して、「あん人は夢の久作のごたる」というような使われ方をしていたのだろう)。
目の前の世界が一変するかもしれない物語
さて、角川文庫の『ドグラ・マグラ』といえば、通常版の米倉斉加年による妖艶なカバーイラストも強烈なインパクトがあるが、魚豊による今回の期間限定カバーも素晴らしい。
なお、今回、魚豊が描き下ろしたのは、上巻では「私」、下巻では正木教授の肖像であるが、互いに相手の姿が描かれた文庫本の表紙で顔を隠しているため、上下巻どちらのカバーイラストも、「私」と正木の姿が交互に、奥に向かってどこまでも無限に続いているかのように見える。
なるほど、これそまさに、入れ子構造と円環構造で書かれた『ドグラ・マグラ』という“奇書”の形が、一目でわかる秀逸なヴィジュアルであるといえよう。
また、無理矢理、魚豊と夢野久作というふたりの異才を結びつけてみれば、『チ。』も『ドグラ・マグラ』も、(「天体」と「脳内」というモチーフの違いこそあれ)“いま見えている世界に疑問を持った男たちの物語”という意味では、共鳴し合う部分がある、といえなくもない。
いずれにせよ、今回の期間限定カバーで、魚豊の存在を初めて知った夢野久作ファンがいたとしたら、ぜひ『チ。』も併せて読んでいただきたいと思う。