「魔女の宅急便」著者・角野栄子 最新刊と創作について「いつもテーマは決めないの。人生もそうだけど窮屈な目的はない方がいい」

撮影/馬場わかな(「角野栄子の毎日いろいろ」より)

「魔女の宅急便」の著者であり「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけシリーズ」など、数々のロングセラーを生み出しきた角野栄子。近年ではインスタグラムで明るい色味のファッションコーディネートやライフスタイルに、世代を超えて多く共感を集めている。

 来年1月には88歳となる今も精力的に執筆活動を続ける角野の最新刊は、『イコ・トラベリング 1948-』(KADOKAWA)だ。本作は、『トンネルの森 1945』に続く自伝的物語となっていて、戦後の日本を舞台に、少女の成長をさまざまな海外の文化に触れながら、ユーモアを交えて角野栄子の原体験を著したとも言える作品。角野栄子に本作についての思いを聞いた。

■主人公の名前は短いほどいいんです

――『トンネルの森1945』は、幼くして母を亡くした少女・イコが、大好きなお父さんやおばあちゃんと離れ、義理の母と生まれたばかりの弟と三人、田舎に疎開する戦時中の物語です。角野さんが実際に体験されたことが、元になっているんですよね。

角野:私が栄子(エイコ)だから、主人公はイコ。単純でしょう?(笑)これは物語ですけどね。 主人公の名前はね、短いほうがいいんですよ。キキもそうだったけど、みんな、しっかり覚えてくれますから。カタカナにしたのは、名前に意味をもたせたくなかったから。戦争を書くとなると、どうしても、今の価値観と照らし合わせて、ジャッジする視点が入ってしまうでしょう。でも私は、できることならそういうことは抜きにして、1945年当時、10歳の少女の目にはどんな光景が映し出されていたのかを、書いてみたかったんです。

――イコの視点で当時を振り返り、改めて感じるものはありましたか。

角野:やはり、一人の人間が自分で考えて、あり方を決意することは厳しいということです。トンネルの森というのは、実際に私の疎開した家のそばにあった森です。作品の中では、主人公イコはそこに脱走兵が逃げ込んだという噂を知り、「日本国中が戦争に勝つために耐えているのに、脱走するとは」と怒りを感じますが、でも一方で、この兵隊の心の中を理解しようとします。当時、国に背いて身一つで逃げ出すというのは、相当な覚悟がなければできることではありません。囚われたら、死をも覚悟しなければならないでしょう。しかも誰にも相談できないのですから、たった一人でこの厳しい決断をしなければならないのです。イコはこの人を卑怯だと思いつつ、でも彼の下した決断を理解しようとします。この人は、すべての流れに背を向けて、逃げ出したけど、自分の意志で道を選ぶというのは、厳しい覚悟が必要なことなのだということもこの作品で書きたかったのです。

――その空気が、戦争が終わったとたんに反転し、自由の気風が入ってきたことに、戸惑う場面が続編『イコ トラベリング 1948-』に書かれていましたね。

角野:これまで厳しく規制されていたものが、国が開かれ、海外の文化がどっと洪水のように流れ込んでくるなかで、どこかおかしいんじゃないのって戸惑いながらも、その自由な空気に飛び込んでいく一人の少女の姿を書きたいと思いました。戦後、教科書に墨を塗らされても、これからは民主主義の時代、自由主義の時代になったのだから、私たちは主権をもって生きていくことができるんだ、という説明はなかった。あまりにも急激な変化だったので、その意味することをはっきりと理解できせんでした。「なぜ?これでいいの?」と言う疑問の気持ちを持ちつつも、開かれた自由な世界の楽しさに強く惹かれて、飛び込んでいったのです。子供ですから、目の前の新しい世界に好奇心いっぱいなのですね。

■一夜でガラリと変わった社会に戸惑いながら、新しい世界へ飛び込む

――敵国語だと言われていたはずの英語を流暢に話す日本人の先生が現れたとき、イコが「どうしてこの人英語ができるの? ちょっと前まで英語は敵の言葉だと禁止されてたのに」「ずるい」「あまりにも知らんぷりだ」と憤るシーンもありました。

角野:十三歳のイコは好奇心旺盛な、新しいものを見たいと思う、いわばミーハーです。新しくやってきた文化の洪水にみずから呑まれるようにして、明るい音楽や面白い映画に飛びついていきます。でもその矛盾から目を背けてはいけないんじゃないかとも思う気持ちもあるのです。一夜にしてガラリと変わってしまった社会、それならまた一夜でガラリと変わるかもしれないという不安を感じたりします。一人の少女がその変化の中を、どう進んでいったかを書きたい。「トンネルの森 1945」で戦争のことを書いたのだから、戦後のありさまも私なりに書いてみたいと思いました。

――イコは英語の授業で、「今しつつある」という意味の「be動詞+~ing」(現在進行形)に出会い、「こういう風に生きていけたら、心の強いふりができるかもしれない」と魅了されます。

角野:私はもともと、うじうじと泣きべそをかくような子どもだったんですよ。だけど疎開することになったとき、変わらなくちゃいけないと心に決めました。これまでは、家族も友人も、近所の人たちだって私が泣き虫だと知っているから優しくしてくれたけど、疎開先では誰も私がどういう子なんて知らない。助けてもらえるのを待つのではなく、自分で勉強をして、活発になる努力もしなくちゃいけないと思ったんです。そういう意味で、戦争が私にもたらした影響は、悪いものばかりではなかったんですよね。だから戦争が終わったあとも、自分を鼓舞してくれるものを探しながら、この現在進行系という言葉と出会い、前に進んで行こうと思ったのです。その気持ちをイコに投影しました。

――意外です。子どもの頃から好奇心旺盛で、活発な方なのかと思っていました。

角野:それも間違ってはいませんけどね(笑)。この作品は物語ですが、でも書きながら、行ったり来たりを繰り返す子だなと思いましたし、私自身やってみたいと思ったことはやらずにいられれない性格だったのだなと改めて感じました。空想する癖は、昔からありましたからね。こんなふうになったら素敵じゃないか、この先にはこんな世界が広がっているんじゃないかと、わくわくしながら飛びつくところはありました。冒険が大好きでしたよ。今の若い人たちは、情報が手に入りすぎるせいか、なかなか冒険をしないでしょう。留学する人も減っているというし、もったいないですね。

撮影/馬場わかな(「角野栄子の毎日いろいろ」より)

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