「魔女の宅急便」著者・角野栄子 最新刊と創作について「いつもテーマは決めないの。人生もそうだけど窮屈な目的はない方がいい」
■寄り道は、最大のトラベリング
――進学を考えるにあたって、イコが、特別大きな目的がなくてもいいんだ、と知る場面がありました。大学生になってみたい、というシンプルな理由で進学したっていいのだと。明確な目標をもって突き進むのも大事ですが、イコのように寄り道しながらいつのまにか道が開けていくこともあるんだと、読みながら背中を押されたような気持ちになりました。
角野:寄り道というのは、最大のトラベリングですよ。言われたとおりに歩くのでは、何も見つけられないし、わくわくしないでしょう。誰かのつくったデータを信じ込んで、自分で考えることをやめて、わかったような気になるのが一番よくないんじゃないか、と私は思いますね。まずは、根っこに〝自分〟をもたなければ。簡単なことではないと思いますけど。
――作中で、大人になったイコは、職業を聞かれて「トラベリング」と答えます。生きることそのものが、トラベリングだという意識が、角野さんの中にあるからでしょうか。
角野:そう思っています。物語を読むこともトラベリングですよね。本の扉を開けて、その向こうの世界を旅するわけでしょう。朝起きて、ちょっとお散歩するのも、トラベリング。見知った場所でも、ちょっと角度を変えただけで、新しい出会いがあるかもしれませんしね。どんなに遠い場所でも、行くだけではただの移動。行った先で何を見られるか・・・、どんなことを知るかしら、とわくわくするのも、トラベリングでしょ。人の生きる道筋すべてはトラベリングに通じている、と考えているんです。それは楽しいことではありませんか。私はそう生きていきたい、これからも。
■「目的を決めない、というのは大事だと思う」
――インスタなどを拝見していると、角野さんはいつも笑顔でおしゃれを楽しんでいるイメージなのですが、87歳になられた今も現在進行形で、トラベリングの真っ最中でいらっしゃることに、とても憧れます。
角野:ああいうきれいな色が着られるようになったのは、歳をとって、グレイヘアになってからなんですよ。私の洋服はすべて娘がコーディネートして、インスタ用の写真も撮ってくれるんですが、「笑って、笑って!」って大きい声で言うの。ええ~そんなに笑えないよ~と思っていても「ほら、笑って、笑って!」ってあまりに言うものだから、つい笑っちゃう。それで、あんな顔になるんです(笑)。
――そんな娘さんとの関係も含めて素敵です。
角野:先ほども言いましたけど、私は生まれつき好奇心が旺盛なんですよ。朝目が覚めたら、今日は何があるかしら、おいしいものを食べられるかしら、なんにもないなら何をしようかしらと考えてしまう。常に、水平線の向こうを夢見るように、未知の世界に対する期待感を抱き続けているような気がします。その感覚が昔からあんまり変わらないものだから、もうすぐ88歳になるなんて思えないんですよね。今もまだ、23歳くらいのつもりでいるの。
そんな夢見る夢子ちゃんの私を娘ははらはらして見ているんじゃないかしら。時々、足元に気をつけて、と手をとってくれるけれど「どうして?」って思っちゃう。まったく、図々しいこと(笑)。実際に、映像に映った自分を見ると、なんだかぎくしゃくした歩き方をしてるなあ、と思うし、関節も固くなっているのはわかっているんですけどね。娘もそんな私をインスタで生き生きと見えるようにしたい、ま、愛を頂いてると感謝してます。
――今の話をうかがって、どうして角野さんはいつも、朗らかで少女のような雰囲気をまとってらっしゃるのか、わかったような気がしました。
角野:ありがとうございます(笑)。まあでも、窮屈な目的を決めない、というのは大事だと思います。気持ちを自由にしてないとね。私、いたずら書きをするのが好きで、そうすると思いもよらないアイディアが浮かんできたりするんです。物語を書くときも、テーマは決めません。トラベリングしているみたいに書くと、次々と情景が浮かんでくる。そんなふうに自由でいたほうが楽しいですよね。テーマは読む人が一人ひとりが感じてくださればそれがテーマです。
――イコも、寄り道を重ねた結果、仕事でブラジルに行くという予期せぬ選択肢が舞い込んできます。実際に、角野さんがブラジルで生活していらっしゃったころと重ねて、彼女のこの先も読みたいのですが……。
角野:書きたいんですよ、とっても。ブラジル時代のお友達を含めて、現地での出会いの数々については。帰国してから作家になるまでの道のりも、ね。だけど、今、書きかけの原稿が三つくらいあって、まずはそれを済ませなくては。でも、途中で終わってしまうかもしれないけど、書きたいという気持ちがあって、元気でいるうちは、書き続けていくつもりなので。気長にお待ちいただければと思います。待っていただけるなんて本当に幸せです。