連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年10月のベスト国内ミステリ小説
橋本輝幸の一冊:小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)
主人公はクイズ番組出場者の青年。彼が真剣な勝負事として、すべてを賭して臨むのは早押しクイズバトル番組だ。ところが勝敗を決める最後の一問で、対戦相手があまりに早くボタンを押し、設問がほとんど読み上げられないうちに正解する。はたしていかさまか、それとも。主人公は真相を追い、相手の来歴を調べていく。
クイズ解答者たちの細かな描写は迫真的だし、親しみやすく一気に読める長編である。作家として脂の乗り切った筆力が、読者をクイズの世界に没入させる。著者に新しい読者をもたらすのではないかと期待できる一冊だ。
千街晶之の一冊:小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)
密室殺人など、人間業とも思えないような不可思議な状況で遂行された犯罪をミステリの世界では「不可能犯罪」と呼ぶ。ならば『君のクイズ』の冒頭で提示される謎をなんと呼ぶべきなのだろう。「犯罪」ではないかも知れないが、これほど「不可能」に見える謎は滅多にないのだから。クイズ番組の最中、ある解答者が、問題が一文字も読み上げられないうちに正解を出してしまったのだ。番組ぐるみのヤラセでなければ魔法としか言いようがないこの謎に、一人のクイズプレイヤーが挑む。こんなにユニークで魅惑的な謎を提示したミステリも珍しい。
杉江松恋の一冊:小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)
クイズ大会で、出題者が一言も問題文を口にしないうちに答えた出場者がいる。やらせとしか思えない状況だが、果たして他の解釈はありうるのだろうか。単純極まりない問いが本作を支えている。独創的な謎だ。その推理の過程が延々と書かれる。作者自身、最初から答えがわかっているのではなく読者と共に頭を働かせている気配がする。その参加感が楽しいのである。おそらく作者はミステリーと意識せず本作を書いたのだろう。しかし、魅力的な謎は作品を自動的にミステリーにしてしまうのだ。またとない謎解き小説である。
ひさしぶりに、一作に人気が集中しました。大長篇『地図と拳』に次いで放たれた意欲作。小川哲恐るべし。その他はゾンビ近未来小説から後期高齢者ミステリーまで振れ幅大きく作品が揃いました。次月はどんな小説が刊行されるのでしょうか。またお会いしましょう。