罪の形を通じて、人間を描き出すーー芦沢央、作家生活10年目の到達点『夜の道標』の祈りと希望
一方、正太郎たちの捜査が進んでいくにつれ、なぜ昌弘が殺されたのかという、動機の問題がクローズアップされていく。ここで留意したいのが、事件の起きた年だ。一九九六年。ミステリーの面白さを削ぐわけにはいけないので、これ以上詳しく書けないが、この年に設定されたのには、殺人の動機と密接に繋がった、極めて重い理由があったのだ。これは凄い。あらためて思うと、本書は親子の関係から生まれる罪を扱っている。その親子の罪を、ここまで深く掘り下げた作者の覚悟に感嘆してしまうのである。
しかし本書は、ただ重いだけの話ではない。現実の醜さを知った桜介は、善良な心を失わないまま、一回り成長する。父親に精神的に囚われていた波留も、他の人とかかわることで変わっていく。夜の道標の先には、ほのかな光があった。そこに芦沢央の、祈りと希望が込められている。