【江口寿史と時計】「これまでの漫画家人生を語るうえで欠かせないのが腕時計」

スウォッチとG-SHOCKにドハマリ  

 江口が漫画家として活動を始めた1970年代は、腕時計の業界でも地殻変動が起きた時代でもあった。1969年、セイコーが世界初のクォーツ腕時計を発売。70年に入ると、日本製のクォーツ腕時計が世界を席巻し、量産が難しい機械式腕時計を製作していたスイスの時計メーカーは軒並み窮地に立たされる。しかし、スイス勢も手をこまねいていたわけではない。80年代には徐々に巻き返しが始まった。

 スイス勢の起死回生の一打となったのが、1983年に生み出されたスウォッチである。カジュアルかつ安価で手にしやすいスウォッチは、ファッションの観点からも興味が集まった。江口も、上野のアメ横にあったガラクタ貿易などで買い求めるようになったという。

「決定的にスウォッチにはまったのは、1992年に機械式のモデルを出し始めてからですね。吉祥寺にも取扱店がたくさんあったので、一時は数えきれないくらい集めましたね」

 どのくらいの本数を買い求めたのかと聞くと、江口は「う~ん、200個は買いましたね」と、さらりと回答する。

 その後に集め出したのはG-SHOCKである。G-SHOCKは、スウォッチと同年の1983年に、カシオ計算機が発売した腕時計。落下させてもびくともせず、アイスホッケーの駒にしても壊れないという触れ込みで、1990年代に一大ブームを巻き起こした。タフで雑に扱ってもいいなど、明確なコンセプトに引き込まれたと江口は言う。

「映画『スピード』でキアヌ・リーブスがG-SHOCKをつけていましたが、大人がおもちゃみたいな腕時計を着けているのが、かっこよく映ったんですよ。スウォッチはファッション性に惹かれて買いましたが、G-SHOCKはメカとしての機能性やデザインのかっこよさに惹かれました」

主に1990年代に収集したスウォッチ。江口は、「見た目だけでなく、ケースの造形やロゴのデザインも凝っているでしょ? 90年代はクロノグラフや機械式など、腕時計の原点に回帰するモデルが発売され、所有欲がわきましたね。あの頃は、横尾忠則さんや『BEGIN』や『モノマガジン』がスウォッチブームを煽っていました」と、当時を振り返る。左からクロノグラフが搭載されたモデルが2本。特に、真っ赤なベルトと青いケースが鮮烈なJFKは爆発的な人気があった。動巻きの2本のうち、緑色のベルトのモデルは、EARTH SUMMIT ‘92の限定品。スケルトンのJERRY FISHはベルトが変色しているが、それも味わいとして楽しんでいるそう。
江口が好むのは、昔ながらのポリウレタン製のG-SHOCKである。「最近出ている金属製の高級なG-SHOCKはちょっと、僕の趣味ではないかな。適度なチープさこそが魅力ですね」と、話す。

ロレックスは機械式腕時計の基本

 江口が好む腕時計はスポーティーなモデルが多い。1992年に入手したロレックスのエクスプローラーⅡはその筆頭といえるだろう。この腕時計を手にする前年、江口は奥さんの誕生日に1本のロレックスを贈っていた。

「奥さんと僕は、腕時計の好みが真逆なのです。僕はどちらかというとコレクター気質で、様々な腕時計を付け替えたいタイプ。奥さんはいいものをひとつ持ちたい、だからロレックスが欲しいと言っていました。まあ、この嗜好は男女差ですかね。当時、ロレックスにはそこまで興味なくて、『腕時計に55万円も出すなんてありえん』などと内心思いながら、ダイヤがついたデイトジャストを買ってあげたんです」

 渋々デイトジャストを贈った江口だったが、翌年の誕生日にサプライズが待っていた。なんと、奥さんがエクスプローラーⅡをお返しに贈ってくれたのだ。

「でも、僕のは新品じゃなくて、中古ね(笑)。中野のジャックロードで確か27万円だったかな?」

 そんな思い出深いエクスプローラーⅡを見せていただいた。30年以上前のモデルでありながら、驚くほど保存状態が良い。文字盤の視認性が高く、腕につけた時のステンレスの質感も心地よく感じられる。シンプルかつ質実剛健なたたずまいが江口の好みにもっとも当てはまるとあって、特に大事にしている1本という。また、入手を機に、ロレックスに対する印象も大きく変わったそうだ。

「ロレックスって腕時計の基本で、ジーンズだとリーバイス501のようなもの。基本はシンプルなデザインですよね。そのシンプルさが何十年経ってもかっこよくて、現行モデルもそのコンセプトを維持しているのは凄いですよね」

 それにしても、エクスプローラーⅡが27万円と聞いて、びっくりする読者も多いだろう。現在、ロレックスは世界中で投機の対象になり、江口のエクスプローラーⅡも何倍ものプレミアがついている。しかし、江口は腕時計を投機対象として所有したことは一度もない。ロレックスが好きな理由も「純粋にかっこいいから」なのだそうだ。

ロレックスのエクスプローラーⅡは、「インデックスが程よく黄ばんできたのも良くて、愛着がわきます」と話す。横にあるのは90年代に入手したチュードルのサブマリーナー。チュードルはロレックスの弟分的なブランドだ。「いまはチューダーって言うんでしょ(笑)。竜頭に王冠マークがあって、ロレックスらしさを残している。この頃のロレックスやチュードルはごてごてした飾りがなく、デザインがシンプルで、リーバイスの501のような美しさがあって、好きなのです」

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