私漫画としての『ベルセルク』ーー成馬零一の『ベルセルク』評

成馬零一の『ベルセルク』評

世界中で愛読されるダークファンタジーの傑作漫画『ベルセルク』。作者の三浦建太郎が2021年5月6日逝去したことで未完となっていたが、かつて三浦を支えた「スタジオ我画」の作画スタッフと、三浦の盟友・森恒二の監修によって、2022年6月24日より連載が再開したことでも話題となっている。

 同作は後世に何を伝えたのか? 社会学者の宮台真司、漫画研究家の藤本由香里、漫画編集者の島田一志、ドラマ評論家の成馬零一、作家の鈴木涼美、暗黒批評家の後藤護、批評家の渡邉大輔、ホビーライターのしげる、漫画ライターのちゃんめいという9人の論者が、独自の視点から『ベルセルク』の魅力を読み解いた本格評論集『ベルセルク精読』が、本日8月12日に株式会社blueprintより刊行された。

 『ベルセルク精読』より、ドラマ評論家の成馬零一による論考「私漫画としての『ベルセルク』」の一部を抜粋してお届けする。(編集部)

私漫画としての『ベルセルク』

 2021年5月6日。漫画『ベルセルク』の作者・三浦建太郎が急性大動脈解離で亡くなった。享年54歳。

 筆者は現在45歳だが、9歳年上の三浦の死は、とてもショックで今でも引きずっている。コロナ禍の現在、自分もいつ死んでもおかしくないという思いを漠然と抱えていたが、ずっと読み続けていた三浦の死はその思いを倍増させ「あと9年しか生きられないとすれば、何を成せばいいのか」と自分の人生と照らし合わせて考えることが増えている。同時に、長編化した物語に作家の才能の全てが注ぎこまれてしまうことの是非について改めて考えさせられた。

 1989年から連載が始まった『ベルセルク』は、黒い剣士・ガッツが〝ドラゴンころし〞という長剣を武器に使徒と呼ばれる怪物たちと戦う姿を描いた長編ダークファンタジー漫画で、現在41巻まで刊行されている。美内すずえの『ガラスの仮面』や冨樫義博の『HUNTER×HUNTER』など、完結が待たれているが、終わりが全く見えない長編漫画の傑作がいくつか存在する。その筆頭として『ベルセルク』の名が挙がることも多かったのだが、筆者の印象は少しだけ違った。

 過密な作画ゆえに執筆ペースは遅かったが、物語は少しずつ動いており、第40巻では、念願だったヒロインのキャスカの復活が描かれた。2021年の4月14日に「animateTimes」で配信された「セスタス」シリーズの作者・技来静也との対談でも「これからは広げずに畳もうとは思ってる」と語っており、作者の中ではある程度、終わりの目処が見えていたのではないかと思う(『セスタス』技来也先生×『ベルセルク』三浦建太郎先生同級生対談―ロングラン作品を描く2人、両作品の気になるラストのイメージとは)。最新巻となる41巻でも、これまでガッツを助ける謎の存在だった髑髏の騎士の正体が明らかになり、かつての友で宿敵だったグリフィスと再び対峙する姿が描かれた。

 物語は着実に終わりへと動き出していた。だからこそ、作者が全身全霊をかけて執筆した『ベルセルク』が未完に終わってしまったことが無念でならない。だが同時に、作者が最後にペンを入れた「朝露の涙」を読んで、納得する自分もいた。それは『ベルセルク』が壮大な世界観を提示したダークファンタジーであると同時に、三浦建太郎の私小説、もとい私漫画といえる作品だったからだ。

『ベルセルク』との出会い

 筆者が『ベルセルク』と出会ったのは1997年。テレビアニメ『剣風伝奇ベルセルク』の放送が始まった頃に、友達から少しずつコミックスを借りて巻まで読んだと記憶している。当時、筆者は福祉系の専門学校に通っていたが、漫画やアニメビデオの貸し借りを友達と繰り返しており、勉強もせずに毎日のように遊んでいた。ちょうど、庵野秀明が監督する暗鬱としたロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のブームが一段落ついた時期だったが、貸し借りをしていた漫画も、浦沢直樹の『MONSTER』や望月峯太郎の『ドラゴンヘッド』など、バブル崩壊以降、じわじわと暗い空気が蔓延していく日本の世相を反映した絶望感の漂う漫画が多かった。その中でも『ベルセルク』の絶望は頭一つ抜けていて、毎話「ここまでやるのか!」という残酷な描写から目が離せなかった。

 ファンタジーというと『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』といったRPG(ロールプレイングゲーム)や『ロードス島戦記』や『スレイヤーズ』といったライトノベルが主流だったため、ファンタジーは子供向けの物語だと国内では思われていた時代に、『ベルセルク』だけは凄惨な暴力描写と重厚で生々しい人間ドラマを展開していた。

続きは『ベルセルク精読』掲載 成馬零一「私漫画としての『ベルセルク』」にて

■書籍情報
『ベルセルク精読』
著者:宮台真司、藤本由香里、島田一志、成馬零一、鈴木涼美、渡邉大輔、後藤護、しげる、ちゃんめい
発売日:8月12日(金)
価格:2,750円(税込)
発行・発売:株式会社blueprint
購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/62de2f520c98461f50f0881e

■目次
イントロダクション
宮台真司 │ 人間の実存を描く傑作『ベルセルク』
藤本由香里 │ 三浦建太郎という溶鉱炉 -追悼・三浦建太郎-
島田一志 │ マイナーなジャンルで王道のヒーローを描く
成馬零一 │ 私漫画としての『ベルセルク』
鈴木涼美 │ 穢されないのはなぜか -娼婦と魔女がいる世界-
渡邉大輔 │ テレビアニメ『ベルセルク』とポスト・レイヤーの美学
後藤護 │ 黒い脳髄、仮面のエロス、手の魔法
しげる │ フィクションと現実との境界線に突き立つ「ドラゴンころし」
ちゃんめい│ 後追い世代も魅了した「黄金時代篇」の輝き
特別付録 成馬零一×しげる×ちゃんめい │『ベルセルク』座談会

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