鈴木涼美が語る、本と思春期とオンナノコ 「混沌とした社会の中で逞しく生き抜いていけるように」

鈴木涼美が語る、思春期と読書

かっこつけるためにカバンに一冊入れておくだけでも良い

――ルーズソックスを履きたいがために高校受験することを決めた話から始まり、鷲田清一の『ちぐはぐな身体 ファッションって何?』を紹介している「それでもピンヒールは正義」が興味深かったです。中高生くらいはファッションに目覚める年頃ですが、ルーズソックス然り、大人からすると不思議に思えるこだわりを見せることもありますよね。

鈴木:中学時代の私は自分の気持ちをうまく説明する言葉を持たなかったけれど、制服は着たい、だけど校則通りには着たくない、という矛盾した感情を抱えていました。その気持ちを哲学者の鷲田清一さんがわかりやすく解き明かしてくれたのが『ちぐはぐな身体』です。ルーズソックスを取り上げられただけでなぜ無力な感じがしてしまうのかは、中高生にはなかなか説明できないと思います。でも、服の性格には「制度と寝る服」、「制度を侵犯する服」があって、前者は社会的な規範に沿うこと、後者は社会的な規範から外れることを意味していて、どこまでやれば他者が注目してくれるのか、あるいは社会の側から厳しい抵抗にあるのかを、自分の身体を通して確認しているのだと説明されると、自分の感情も理解できるし、そういう言葉のひとつひとつが社会で生き抜くための武器になる。親や先生に小言を言われたときに、別に言い争って論破する必要もないけれど、これで良いんだと自分で納得できれば気持ちもずいぶん違うはずです。

 持っている言葉が少ないと、人を説き伏せたりするのが得意な人たちの言葉に呑まれてしまうし、ひとつの意見に過ぎないものを真実だと信じ込んでしまうことがあると思います。言葉に翻弄されることで人生がおかしな方向に行くこともあるので、そのためにも本は読んでいてほしいです。本は自分で文字を追っていかなければいけないので、ちょっと大変だけれど、好きなときにパッと読めて、すぐに読むのをやめることもできるという適度な距離感があるのが良いところです。私がそうだったように、本を読んでいて楽しい青春の瞬間を逃してしまうということはあんまりないし、かっこつけるためにカバンに一冊入れておくだけでも良いと思うんです。私なんて、最初に浅田彰を読んだときは正直なところ全然内容わからなかったけれど、なんか読んでるとかっこいいかなと思ってAVの現場とかに持っていってましたから(笑)。

ーーかっこつけるための読書、良いですね。この本は笑えるところも結構あって、ジャン・コクトーの『大胯びらき』について書かれた「基本的に他人事でしかない男の青春」などは、男の性欲やプライドはこんなにも滑稽に見えているのかと、思わず吹き出してしまいました。

鈴木:『大胯びらき』の主人公・ジャック・フォレスチエについて説明するコクトーのややこしい文体を、私が勝手に「ジャック語」と呼んでいるところですね(笑)。同性だとあの面倒臭い心象の説明を読んで「わかる!」ってなるのかもしれないけれど、女性からするとめちゃくちゃどうでも良かったりすることってたくさんありますから。例えばラブホテルで変なところに鏡があったりするけれど、ああいうのは男性が主体となって作っていますよね。でも、女性からすると「こんなことをしていったい何が面白いのか?」と思ったりするわけです。ただ、『大胯びらき』みたいな本を読んで「ふーん、男性にはそういう葛藤や欲望があるのね」と学べるのはけっこう面白い。

――思春期になると気になることが明け透けにたっぷりと語られているから、きっと普段あまり本を読まない子も夢中になって読んでしまうでしょうね。

鈴木:本当はみんな、思っているよりも活字が好きなんじゃないかなと私は思っていて。若い女の子にJ-POPの感想とかを聴くと、けっこうみんな「歌詞が好き」って言うじゃないですか。それって言葉の面白さに惹かれているということで、J-POPは中高生がもっとも自然に触れている散文だと思うんです。歌詞が好きだと思って聴いている子は、きっと本も好きなはずだし、良いきっかけさえあればお気に入りの一冊に出会えるはず。私が今回、どうやってその本と出会ったのかについて書いたのは、J-POPを聞いて歌詞が好きになるのと同じように、もっと気楽な感じで本に触れてほしいと思ったからでもあります。別に本の要約ができなくてもいいし、「正しい読み」や「物語の類型」みたいなものがわからなくても、たった一文、お気に入りの箇所を見つけられれば、本を読む甲斐があると思いますよ。

――鈴木さんは実際、音楽を聴いたりするのと同じような感覚で本を読んできて、それでも生きる上で糧となったと感じていると。

鈴木:そうですね。私は14歳の頃から今までずっと、なぜ身体を売ってはいけないかを考えていて。大学院にも行ったし、いろいろな経験もしたけれど、実はいまだによくわからないんです。日本人の多くは、キリスト教やイスラム教などの宗教的な規範の中で生きているわけではないので、なぜ身体を売ってはいけないのかという問いに対して、明確な答えを提示するのは難しい。長い人生において、そういった難題と向き合う瞬間はあるし、そうなったときに何かを考えるための糧となるのは、やはり本なんじゃないかなと思います。

――5月8日に発売された「文學界」6月号には、鈴木さん初の中編小説『ギフテッド』が掲載されました。『娼婦の本棚』と併せて読むと、鈴木さんの文学観がいっそう深く感じられますね。

鈴木:『ギフテッド』もまた、女性の商品性について考えた小説で、自分の身体に貼り付けられる商品的価値を拒絶したかった母親と、その娘を中心に描きました。その意味で、私が長く論考やエッセイで書き続けていきたいことと根底にある問いは繋がっています。

■書籍情報
『娼婦の本棚』
鈴木涼美 著
出版社:中央公論新社
価格:946円(10%税込)
初版刊行日:2022年4月7日

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