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平野歩夢はなぜストリートでもリスペクトされる? 「NBD」にこだわるスタイル
「NBD」というスケートボード用語がある。「Never Been Done(まだ誰もやっていない)」という言葉の略語であるが、スケートボード文化において非常に重要な言葉だ。今まで誰もやっていなかったトリック、もしくは誰もやってこなかったスポットでトリックを乗ることを指す言葉であるが、この「NBD」というものにこだわるスケーターは多い。
特にストリートスケーターは、自身のビデオパートを公開したとき、既に誰かがやったトリックが入っていると逆に、「あれはABDだ」と言われたりする。「ABD」は、「Already Been Done(既にやられているトリック)」の略。スケーターたちは「ABD」にならず、「NBD」を目指すべく、常に新しいスポットを探したり、既存のスポットでも新しいトリックに挑戦するのだ。
人生で「NBD」を体現しているのが平野歩夢選手であろう。スノーボードだけではなく、スケートボードでオリンピックに出場するという前人未到の挑戦をやってのけた彼の軌跡を追ったフォトエッセイが、本書『Two-Sideways 二刀流』だ。夏冬の両オリンピックに出場したことがある日本人は、歴史上4人しかいない。スノーボードとスケートボードという、似ているようだが、全く違う競技に挑戦した彼は、まさに存在自体が「NBD」と言える。本書は「誰もやっていないこと」という平野歩夢選手の言葉から始まるが、その「NBD」を成し遂げるための、彼の努力とこだわりが伝わってくるフォトエッセイだ。特有のスタイルは、普段のライフスタイルから生まれる
当記事の筆者はスケーターであるため、スケートボードのレファレンスがどうしても多くなってしまうが、「NBD」には失敗がつきものである。プロスケーターの映像を見たとき、どうしても簡単にトリックを乗ったように見えてしまうが、一つのトリックを映像に収めるため、何時間、ときには何週間もかけることが多々ある。何度もトライをし、ときには怪我もしつつも、「トリックを乗った」という存在証明に挑戦していく。挑戦とは、その失敗を何度も繰り返し、積み重ねていくことだ。「スノーボードとスケートボードは似ているから、どちらでもオリンピックに出場できた」と思う人もいるかもしれないが、本書を読むと、平野歩夢選手がいかに「挑戦」してきたかがわかる。
そもそもスノーボードとスケートボードは全く違う競技だ。同じ弦楽器でも、琴とエレキギターが全く違う楽器のように、2つの競技には非常に大きな違いが存在する。平野歩夢選手が本書で語っているように、特にスケートボードは板に足がついていないため、少しブランクがあるだけでも、技術を失いやすい。また、大会の会場によって全く設計が違うため、一つの場所でできるからといって、他の場所でもその技ができるとは限らない。2つの競技を目指すうえで時間が限られているなか、そのような調整が非常にシビアになってくる。全く異なる競技を同時に目指していくことは決して容易ではない。
また、「誰もやっていない」を追求する上で、非常に重要になってくるのが、自分のスタイルを持つということである。自分特有のスタイルがトリック選びに影響するのはもちろん、全ての動作にオリジナリティが出るようになるのだ。一つひとつの動作にオリジナリティが出るということは、何をやっても「他の誰にもできないもの」になる。歴史に名を残したスケーターやスノーボーダーの滑りを見ると、シルエットだけで誰が滑っているかわかることが多い。自分特有のスタイルというものは、普段のライフスタイルから生まれる。自分がどのようなカルチャーに身を置いているか、どのような音楽を聴くか、どのような服を着るか、何を信条として持っているか? そのような要素が、仕草や歩き方など、細かい動作にも影響してくる。その「板に乗っていないときの自分」が、滑りに大きく影響してくるという意味でも、スケートボードとスノーボードには「スタイル」という要素はかかせない。