カワハギの肝揉、あん肝、羊レバー、馬レバ刺し……発酵学者・小泉武夫が語る、美味なる肝料理の世界

小泉武夫が語る、美味なる肝料理の世界

 強靭な胃袋で日本はもとより世界中の珍味を食べ尽くす発酵学者の小泉武夫さん。「食の冒険家」と異名をとる小泉氏の新刊『肝を喰う』(東京堂出版)は全編にわたり、生き物の肝臓の美味を追求した一冊。日本はもとより海外の肝料理の数々を紹介し、料理が誕生した歴史的背景をひも解く。おそらく本邦初の、肝臓だけにスポットを当てた料理研究書である。

 絶品ながら広くは口にされない謎めいた肝料理。その影には肝をはじめ内臓が巨額の費用をかけて廃棄処理されている現実もある。棄てられるのに容易に買うことができない不思議な部位、肝。その深奥なる魅力とは。生き物を「丸ごと食べる」を信条とした小泉氏に、当書の“キモ”の部分をお訊きした。(吉村智樹)

魚の肝のおいしさに目覚め、包丁を手にした小学生時代


――新刊『肝を喰う』はタイトル通り、魚介の肝や動物のレバー(肝臓)料理が続々と登場します。どれもとてもおいしそうで、読んでいてお腹が空きました。小泉さんは78歳だそうですが、食欲は衰えないのですか。

小泉:衰えないですね~。食べまくっています。酒量も減りませんしね。

――あっぱれです。この本をお書きになられた動機は、内臓食への偏見をなくし、食品ロスを削減し、持続化可能な社会を目指す、という点にあるのでしょうか。

小泉:いやいや、そんな堅いもんじゃないです。とにかく「肝はうまい!」、これが言いたかったんです。

――栄養面ではいかがでしょう。

小泉:肝は栄養価が高いですよ。ビタミンAが豊富。なにより鉄分がたっぷり。貧血や神経痛になったら肝を食べると回復する場合が多いです。けれども私は栄養価を気にして食べたりしない。そんなことより、とにかく「肝はうまい!」。これですよ。

――小泉さんが思う、もっともおいしい肝は、なんですか。

小泉:すべての生き物の肝で、一番うまいのは「カワハギ」です。カワハギの肝はとろんとして最高ですよ。私の故郷である福島県いわき市には、魚の肝をつぶして味噌などと一緒に切り身に和える「肝揉(きもみ)料理」という食文化がありましてね。肝を揉むと書いて「きもみ」。カワハギの肝揉はもう、とんでもなくうまい。こうして話をしているだけで口のなかがヨダレの洪水になっちゃう。

――小泉さんが肝のおいしさに目覚めたのはいつですか。

小泉:小学生の頃です。きっかけは「どんこ」ですね。「どんこ」とは福島県沖から岩手県沖にかけて獲れる深海魚。うちの近くに小名浜の漁港がありまして、そこにどんこが揚がるんです。この魚、顔はグロテスクなんですが、肝はすっごくおいしい。べろんべろんの食感でね。ああ、想像しただけでツバがでろでろ湧いてきます。もう、天下無敵ですよ。わっはっは!

――天下無敵の肝とは、一度賞味したいです。それにしても、小学生の頃から深海魚の肝に親しむとは、ツウですね。

小泉:いやあ、いわきでは当たり前です。それに私、小学生の頃から自分で料理をしていましたから。自分専用の出刃包丁で魚をおろし、肝の料理を自分でつくっていました。

――え、小学生の頃から料理をされるとは、家庭に何かご事情があったのですか。

小泉:ないです、ないです。父親が食いしん坊でね。八丈島からくさやを取り寄せたり、滋賀県の近江(おうみ)から鮒(ふな)ずしを取り寄せたり、珍しいものを酒のつまみにしていた。私もそれを分けてもらって食べているうちに「食」に関心をいだきましてね。その様子を見た父が、「自分で料理をつくってみないか」と、私に包丁を買ってくれたんです。

――現在でも肝料理をご自身でつくるそうですね。

小泉:します、します。たとえば、いい鮟鱇(あんこう)が手に入ったら、自宅の庭で吊るし切りにするんです。たいへんですがね。鮟鱇は大きいものになると20キロくらいの重さになる。お腹のなかは肝がいっぱい。いつも庭に植えているリンゴの樹に吊るして切るのですが、肝の重さで枝ごと折れたことがあります。

鮟鱇を持つ小泉さん。小泉武夫『旅せざるもの食うべからず おれの愛した肉と魚』(光文社 知恵の森文庫)より。

――木の枝が折れるほどたっぷりのあん肝とは、さぞおいしいでしょうね。

小泉:たまらんですな~。鮟鱇の肝が恋しくて、恋しくて。「アンコウ椿は恋の花」なんてね。あっはっは!

新鮮な魚介の肝を入手するためにとった行動


――とはいえ個人的には「魚介の肝を食べて、お腹を壊さないか」と不安があります。

小泉:大丈夫、大丈夫。ふぐなど毒魚は別ですが、安全です。これまで魚介の肝を食べて身体に変調をきたした経験は一度しかない。

――本書に収められている鱈(たら)の肝ですね。

小泉:青森県で鱈の「じゃっぱ汁」(魚の身だけではなく頭や内臓なども煮た郷土料理)を食べましてね。うまいんですよ~。特に鱈の肝は脂が多く、じとっ、とろっとして、食感がたまらない。このじゃっぱ汁を地元の人たちと酒を飲みながら食べたんです。すると、お腹がピーピーピーピーと鳴り出しましてね。何度もトイレへ駆け込みました。鱈の肝臓は下剤の原料にするくらい排泄を促す効果があるんです。ところが地元の猛者たちは食べ馴れているものだから、平気なんです。思わず「あなたたち、お尻に栓をしているのか?」と訊いちゃいましたよ。でもまあ、そんな体験が一度あったくらいです。

鮟鱇鍋。小泉武夫『旅せざるもの食うべからず おれの愛した肉と魚』(光文社 知恵の森文庫)より。

――そういうお話をうかがうと、むしろ「食べてみたい」と感じます。ところで魚の肝や内臓は、どうやって入手するのですか。スーパーマーケットや鮮魚店には表立っては売られていないですが。

小泉:内臓は棄てられますからね。一般には、なかなか出回らない。なので、私はいつも魚河岸で入手するんです。かつての築地だったり、現在の豊洲であったりね。魚問屋に「内臓をとっておいて」と連絡し、クーラーボックスを持参して、もらいにいくんです。豊洲の魚問屋の大将、友達ばっかりですから。

 魚介の肝を入手するいい方法は、寿司屋のおやじさんと親しくなることですね。お寿司屋さんは、いい肝を持っていますよ。鯛の肝なんて、それはそれは見事なもんだ。でもお品書きには書かれていない。値段がつけられないので正規のメニューにはないんです。だから寿司屋の常連になるべし。そうすると、いい肝をもらえたり、食べさせてもらえたりするわけです。

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