カワハギの肝揉、あん肝、羊レバー、馬レバ刺し……発酵学者・小泉武夫が語る、美味なる肝料理の世界
実は日本に古くから伝わる「馬を食べる文化」
――魚介の肝だけではなく、動物のレバー(肝臓)もお好きですよね。
小泉:動物のレバー、大好物です。レバーを好きになったきっかけは、羊でした。私は「うまいものがある」と聞けば、世界中どこでも飛んでいっちゃう性格でね。なので「味覚人飛行物体」と呼ぶ人もいます。それで、うまいものを求めてイスラム圏の少数民族の村を旅していたら、羊を解体するところに出くわした。あちらではとにかく羊をよく食べるんです。特にレバーは大人気でね。羊のレバーは大きいんですよ。「身体の三分の一がレバーなんじゃないか」と思うくらい。解体すると腹から真っ黄色なレバーの山がどさっと出てくる。10キロくらいあるんじゃないかな。そしてこれがおいしくて、おいしくて。すっかりレバーの味にハマりました。
――日本でおいしいレバーを食べられる場所はどこでしょう。
小泉:もっともお勧めなのが、青山学院大学のそばにある「葉隠」(はがくれ)という名の串焼きの店ですね。そこの豚レバーはもう、最ッ高ッにおいしいです。口に入れて噛むでしょ。そうすると、うまみがじゅるじゅる~っと溢れ出てくる。飲み込むのがもったいなくて、ずっと口の中で転がしていますよ。
――ぜひとも味わってみたいです。東京以外で、動物のレバーがおいしい場所はありますか。
小泉:私は馬のレバーが好きでね。いろんな地方の馬を食べるんです。このあいだは青森の五戸(ごのへ)で馬レバーの軍艦巻を食べました。
――馬レバーのお寿司ですか。初耳です。
小泉:馬レバーによく合うオリーブオイルをとろっと垂らしたお寿司でね。馬レバーはすっきりした味わいで脂分が少ない。そこにオリーブオイルのコクが加わって、おいしかったですね~。
あとはやはり、馬肉料理が日本でもっとも盛んな熊本ですね。九州特有の甘い醤油にニンニクをすりおろし、箸でちょこちょこっと混ぜる。それを、とろっとろの生レバーにつけて食べるんです。これがまた日本酒によく合うんですよ~。馬レバーの生食は厚生労働省もOKしていますしね。
――地方には馬レバーを食べる食文化があるのですね。
小泉:そうなんです。江戸時代以前の日本には仏教の教えであったり、「生類憐みの令」であったり、四足歩行の動物を食べる習慣がなかった。ところが地方の稲作地帯では、馬を食べていたんです。田畑を耕す農耕馬や、車を曳いて荷物を運ぶ使役馬が死んでしまったら、食べなきゃもったいないじゃないですか。なので、お上(政府や幕府などの政治を行う機関)に届け出て、許しを得て馬を食べていたのです。特にレバーは栄養価が高く、大切に扱われました。
――日本にそんな古くからレバーを食べる習わしがあったとは意外です。
小泉:あったんですよ、実は。たとえば、福島県の会津坂下(あいづばんげ)も馬をよく食べる街でしてね。江戸時代、会津坂下には馬の病院があったんです。病気になったり、老いてしまったりした馬が連れてこられ、もう治らないと判断された馬は食べていた。そうして馬肉料理が発達し、現在も残っているんです。
魚の内臓を廃棄せず利用し数億円の売り上げアップ
――『肝を喰う』を読み、「肝やレバーをおいしく食べる方法がこんなにあるのか」と改めて驚かされました。そして、そんなおいしい部位が食材にならずに廃棄されている現実も知りました。
小泉:食べずに棄てられていますね。もったいないですよ。たとえば野生の鹿なんて、海外では高級食材です。ドイツ、スイス、フランスなどでは鹿のレバーペーストやレバーテリーヌなどレバー料理が愛されている。しかしながら、日本では鹿を食べる歴史が浅く、まして内臓は食べないですよ。とてもおいしいんですけれど。
この頃は北海道や三重県などで「鹿レバーをソーセージにしよう」という動きがあります。けれども、まだまだ遅れている。でしたらね、私はヨーロッパへ輸出していけばいいのではないかと思うんです。冷凍技術も進んでいますし。
――日本でジビエは害獣駆除促進という側面がありますが、輸出が盛んになれば新たな経済効果が生まれますね。魚介の肝はどうでしょう。
小泉:魚介の内臓は傷むのが早いですからね。残念ながら、ほとんど廃棄されてしまいます。私が顧問をつとめる札幌の佐藤水産(鮭の加工食品で知られる水産会社)でも、かつては内臓の処理に年間数百万円もかかっていました。それはもったいないと、私が佐藤水産の研究所とともに鮭の内臓を原料とした魚醤を開発したんです。新鮮な鮭の内臓を塩と大豆麹、乳酸菌と酵母で発酵させます。するとね、うまい調味料ができるんですよ。この魚醤を石狩ラーメンのスープにしたり、料理の味付けに使ったり。現在、魚醤で年間数億円の売り上げがあります。
――なんと、過去に数百万円かけて廃棄処理していた魚介の内臓が、現在は数億円の売り上げをはじき出しているのですか。それはすごい。確かに魚醤というかたちだと内臓も流通できますね。反対に言うと、肝をはじめ内臓そのままの姿で産業にするのは難しそうですね。
小泉:いまのところはね。理想は、内臓や粗(あら/刺身や切り身にした残りの部分)を専門にした料理店が繁盛することなんです。
私は以前、『骨まで愛して ~粗(あら)屋五郎の築地物語~』(新潮社)という小説を書きました。築地の有名マグロ解体人だった主人公の五郎が日本で唯一の粗(あら)料理専門店を開くというお話でしてね。イカの腸煮(わたに)など、これまで廃棄されていた部位を名物料理にして評判になる、そんな人情物語です。現実にそうなってほしいという願いを込めて書きました。
――「魚は刺身や切り身にした残りの約6割が捨てられてしまう」と聞きました。その残り6割が利用されれば漁業や食産業の発展にもつながりますね。
小泉:魚は丸ごと食べてほしいですよ。どの部位もうまいんですから。それにもともと棄てられる部分を食材にするわけですから、利益率がいいんです。粗(あら)料理専門店、ぜひやってほしいです。“あら”稼ぎしてほしいですね。
■小泉武夫(こいずみ たけお)
1943年、福島県の酒造家に生まれる。東京農業大学名誉教授。農学博士。専門は食文化論、発酵学、醸造学。現在、鹿児島大学、福島大学、別府大学、石川県立大、島根県立大学ほかの客員教授、発酵食品ソムリエ講座·発酵の学校校長を務める。
■書籍情報
『肝を喰う』
著者:小泉武夫
出版社:東京堂出版
価格:1,760円(税込)
発売日:発売中
http://www.tokyodoshuppan.com/book/b593705.html