よしながふみ『大奥』はなぜ日本SF大賞を受賞? 江戸時代が舞台の男女逆転漫画に見る、“想像力のかたまり”たる魅力

よしながふみ『大奥』はなぜ日本SF大賞を受賞?

 第42回日本SF大賞に、よしながふみの漫画作品『大奥』が選ばれた。この結果に「どうして漫画が?」といった声や、「『大奥』ってSFなの?」といった声も出ているが、日本SF大賞に漫画作品が輝くのは初ではない。そして『大奥』は、SF・ファンタジー作品が対象のジェイムズ・ティプトリー・Jr賞(現アザーワイズ賞)を獲得したこともある作品なのだ。

 「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できないような作品」や、「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」なら、小説でなくても受賞対象になり得る。それが1980年に創設された日本SF大賞の特徴だ。主催している日本SF作家クラブ自体が、早い時期から手塚治虫や永井豪を会員に迎えていた。表現形式は違ってもSFはSFだと認める土壌があった。

 だから日本SF大賞では、第4回という早い段階で漫画の受賞作を出した。大友克洋『童夢』だ。団地を舞台にした超能力バトルを圧倒的な画力で描き、漫画の表現を一気に何段階も進めてしまった。大友克洋全集第1回配本として1月に再刊された『OTOMO THE COMPLETE WORKS 8 童夢』を読めば、代表作の『AKIRA』に負けず凄いSFコミックだと分かるだろう。

 日本SF大賞はその後、第17回で映画『ガメラ2 レギオン襲来』、第18回でTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』が受賞して、映像作品も対象になることを示した。小説だけでも候補作が数多くあるのに、アニメも加わった中で漫画が抜きんでるのは難しかったのか、2回目の受賞は第27回の萩尾望都『バルバラ異界』まで20年以上、間が開いてしまう。

 『バルバラ異界』は、夢の世界と現実とが交錯するストーリーを、繊細なタッチで描いた傑作だったが、萩尾望都といえば他にも、『スター・レッド』や『銀の三角』『マージナル』など優れたSFコミックを幾つも出している。SFファンが選ぶ賞で、部門が分かれた星雲賞の漫画部門では常連だったが、小説を含む中から敢えて漫画を選ぶことには、どこか躊躇いがあったのかもしれない。

 3回目はそれから10年後、第37回日本SF大賞で白井弓子『WOMBS(ウームズ)』が受賞した。『WOMBS』は異星を舞台に、新たな移植者から居住地を守るため、女性たちが子宮に人間とは違う生き物の体組織を宿らせ、空間を飛び越える能力を手に入れて戦うという、凄絶な設定のミリタリーSF。『大奥』はここからわずか5年で4回目の漫画作品の受賞となった。

 見ていくと、過去の漫画での日本SF大賞受賞作は、どれもSFとして尖ったところを持った作品だった。比べて『大奥』は、江戸時代の日本が舞台となった時代もので、超能力も出てこず超常現象も起こらない。男だけがかかり死んでしまう「赤面疱瘡」が大流行し、人口に占める女性の比率が高くなった日本で、将軍職を女性が務めるようになる。そこから始まるストーリーは、男女の役割が逆転した社会の有り様を見せていく。

 仮定の上に構築された架空の世界を見せ、現実との違いを感じさせることで、誰もが当たり前だと思っている状況に潜む問題点を浮かび上がらせ、考えさせる。そんな「スペキュレイティブ・フィクション」もまた「サイエンス・フィクション」と同じ意味で「SF」だというのが、ずいぶんと前から共通認識となっている。

 実際、第2回日本SF大賞ですでに、日本国内に独立国が誕生してしまうという、架空の設定を描いた井上ひさし『吉里吉里人』が受賞を果たしている。この流れから言えば『大奥』は、紛うことなくSFだ。女性が将軍職に就かざるを得なくなったのと同様に、幕閣も女性で旗本の跡取りも女性ばかりとなる。一方で、女性ばかりだった「大奥」は、男性が揃えられてその中で将軍の目に止まろうとする競争が起こる。

 男女逆転の構図はどこかユニークに見えるが、こうした状況でも江戸時代がしっかりと幕末まで続いていく展開から、能力があるなら性別など無関係だといった主張が感じ取れる。ジェンダーSFが対象のジェイムズ・ティプトリー・Jr賞を受賞した理由もそこにある。

 疫病の大流行によって男女のバランスが大きく崩れるという設定なら、50億人の女性に対して男性が5人しか生き残らなかった世界が舞台の漫画『終末のハーレム』が人気となって、アニメ化もされている。男性が完全に絶滅し、女性だけで生殖が可能なった社会に、たった1人の男性が誕生して起こる波風を描く阿仁谷ユイジ『テンペスト』という漫画もある。

 新しいところでは、2月刊行のクリスティーナ スウィーニー=ビアードによる小説『男たちを知らない女』が、男だけが9割死ぬ伝染病が大流行していく世界を描いたものだ。コロナ禍を思わせるパンデミックの恐怖を描き、夫や子と死別する女性の嘆きを感じさせる作品だが、その後に起こるだろう恋愛感情の変化、政治や社会への影響なども射程に入れている。

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