『SPY×FAMILY』違和感が生み出す圧巻のストーリーテリング 殺し屋・ヨルの仕事への葛藤を描く最新刊レビュー
本作では、スパイと殺し屋と超能力者が素性を隠して家族を演じるのだが、今までページ数が大きく割かれてきたのは、アーニャのイーデン校での生活や家族の日常だ。その次に多く描かれているのがスパイとしてロイドが任務を遂行する場面で、ヨルが殺し屋として働く場面はエピソードとしては、ほとんど描かれていない。彼女が殺し屋らしさをみせる場面はスポーツ等で怪力と超体術を一瞬披露する場面に留まっており、基本的には天然のかわいらしい奥さんという役割だった。
おそらく序盤でヨルが殺し屋として人を殺すシーンをはっきりと描いてしまったことは、本作のコメディとしてのバランスを歪なものにしていた。ロイドもスパイという職業上、殺人をおこなう場面もあるのだが、そのあたりはだいぶボカされているため、コメディの範疇に収まっている。対して、仕事とはいえ躊躇なく人を殺すヨルが優しい妻として振る舞っている場面は、見方によっては相当なホラー描写にも見える。そのため本作を温かいホームコメディとして楽しめば楽しむほど「でもヨルは殺し屋だしなぁ」と、うまく呑み込めない小さな違和感があった。だが、この第8巻を読んで、むしろこの違和感があったからこそホームコメディとして本作は突出しているのではないかと考えを改めた。
アーニャたちが船上で打ち上げ花火を楽しんでいる中、ヨルはオルカと彼女の息子を守るために次から次へと襲いかかってくる殺し屋たちと戦い、容赦なく殺していく。ポップでスタイリッシュな画は維持されているが、ヨルの殺害場面ははっきりと描かれており、今まで抑え込んでいた鬱屈が一気に爆発したかのような暗いカタルシスがある。戦いの中でヨルは、ロイドたちフォージャー家の存在がいかに大きかったかを実感し、自分が「殺し屋として手を汚すこと」の意味を改めて考えるようになる。
殺し屋としてのアイデンティティをヨルが再確認していく終盤の流れは圧巻の一言だ。血なまぐさいサスペンスがあるからこそ、偽りの家族との楽しい日常を描いたコメディが際立つという本作の作劇構造が、作品のテーマに昇華された名場面である。